Twin's Story 11 "Sweet Chocolate Time"

《4 披露宴》

 

 ――2月14日はよく晴れた穏やかな日だった。

 

 『海棠スイミングスクール』の広いプール場は、たくさんの花やリボンで飾られ、実に華やかな雰囲気に包まれていた。そして、何とプールのど真ん中に特設ステージが設けられていた。そのステージの前と後ろにやはりたくさんの花で飾り付けが施された桟橋が架けられている。

 プールサイドにはピンクのクロスで覆われた十数脚の丸いテーブルが置かれ、招待客が華やかな正装でにこやかにそれを囲んでいる。その中にはケネス、マユミのシンプソン夫妻、ケンジ、ミカの海棠夫妻、春菜の両親やきょうだい、それに陽子も混じっていた。もちろんケンジとマユミの両親、アルバートとシヅ子の夫婦も穏やかな表情で座っている。

 スタート台後ろにはライトブルーのクロスが掛けられた長いテーブル。その上にはたくさんの料理。その背後にはウェイター姿をしたこのスクールの三人のインストラクターが姿勢良く立っている。場内には明るく穏やかなBGMが小さく流れていた。

 

「えー、それではただいまより、」赤い燕尾服に白い蝶ネクタイをした司会の修平がマイクに向かってしゃべり始めた。「シンプソン健太郎くんと月影春菜嬢、並びに海棠龍くんとシンプソン真雪嬢のダブル結婚披露宴を開催いたしますっ!」

 

 盛大な拍手が巻き起こった。

 

「申し遅れました。わたくしども、この宴の進行を担当致します友人代表天道修平と妻夏輝でごさいます。どうぞ最後までよろしくお付き合い下さいませ」修平夫婦は深々と頭を下げた。

「そして、会場内でお客様への様々な雑用、もといサービスを担当しますホールスタッフは、龍くんの中学時代からの親友、水泳仲間で現在このスイミングスクールのメインインストラクターでもあります山本たけし、川本ひろし、そして森本あつしでございます」

 

 また盛大な拍手が巻き起こった。その三人のホールスタッフは並んでうやうやしく頭を下げた。

 

「さて、」真っ赤なイブニングドレスの夏輝が修平に代わってマイクの前に立った。「この宴は二部構成にてお贈り致します。第一部は新郎と新婦が、これまでにお世話になった方々へ感謝の気持ちを伝えて歩く『サンクス・タイム』いわゆる、『私たちがなんでもしますから、どうぞ何なりとお申し付け下さい』の時間、」

 修平が受け継いだ。「そして第二部は文字通り二組の新婚夫婦をご来場の皆さまに祝福していただく『ブレッシング・タイム』いわゆる『こんな私たちですが、どうぞ見て、いじって、からかって下さい』の時間です」

 招待客が一様に怪訝な顔をした。

 

「ともあれ、新郎、新婦の入場ですっ! 皆さま拍手でお迎え下さい」

「あー、カメラをお持ちの方、足下にお気をつけください。なにしろステージはプールのど真ん中です。誤って水の中に落ちたらみっともないですよ」

 

 ピンクの執事服の健太郎はピンクのメイド服の春菜の手を、ライトブルーの執事服の龍はやはり同じ色のメイド服を着た真雪の手をとり、ゆっくりと後ろの桟橋を通ってステージ上に立った。たくさんのカメラのフラッシュが焚かれた。

 

「さて、結婚というものは、二人だけの努力で成されるモノではありません」修平が言った。「まだ新婚二ヶ月の俺が言うのもなんですけど、今まで大切に育てて下さったご両親を始め、生まれてこれまで自分に関わりのある幾多の方々のお力がなければ実現できないものです」

 夏輝が言った。「第一部の『サンクス・タイム』は、彼らが、ここにおいでの方々への感謝の気持ちをお伝えするべく、それぞれのテーブルを回り、その気持ちを伝えて歩きます」

「どうぞ、食べたい料理、飲みたいお飲み物などございましたら、遠慮なくやつら、もとい、彼らにお申し付け下さいませ」

 

 それからしばらくの間、二組の新郎新婦は、招待客のテーブルを回り、かいがいしくもてなしをした。しばらくして健太郎が司会のマイクの近くに設けられた小さな二人用のテーブルにつかつかとやって来た。「おい、修平!」

「お、ケンタ。おめれとう」生ハムを口から半分出したまま修平が顔を上げた。

「何が『おめれとう』だ。わざとらしい! それより、何なんだ、この衣装」

「似合ってるよ」修平の横でビールを飲み干した夏輝が言った。「ついで、執事のケンちゃん」

 健太郎は持っていたビールを夏輝のグラスに注ぎながら言った。「これのどこが結婚披露宴なんだよ!」

「俺たちに文句言うなよ、ローストビーフ食いたいな」

「こっ、こいつっ!」健太郎はしぶしぶ料理の並べられたテーブルへ向かった。そして皿にローストビーフとミニトマトを山程盛って、修平の目の前に置いた。

 

「感謝の気持ちを表すって大切だぞ、俺も学校で生徒たちに毎日のように言ってる。コトバや態度に出さなきゃ相手にはその気持ちが伝わらないってな」

「だ、だからってなんでこんな格好、」

「ほら、見てみなよ。ケンちゃん」夏輝が指さした。その先にはメイド服姿の春菜と真雪がこぼれんばかりの笑顔で客の接待を続けていた。

「おまえも見習え、俺にもビール」修平がグラスをテーブルに置いた。健太郎はいやいやながらそのグラスになみなみとビールを注いだ。

「ほら、飲めよ、ケンタ」修平はそのグラスを健太郎に持たせた。隣の夏輝が自分のグラスを持ち上げた。「乾杯! ケンちゃん。ホントにおめでとう!」

「俺たち、心からおまえたちの結婚を喜んでる」修平はにっこりと笑った。

 

 

「さて、」夏輝がマイクに向かった。「いつの間にか主役の四人がいなくなりましたが、これには訳があります」

「十分にお客様へのおもてなしができましたでしょうか。もし、まだ足りない、と思われる方がいらっしゃいましたら、後ほどロスタイムを設けますので、その折りに存分に使ってやってください」

「現在四人はお色直し中です。とは言え、お客様をお待たせすることはありません。脱ぐだけですから。すぐです、すぐ」

「では準備が整ったようです。第二部、ブレッシング・タイムに突入ですっ!」

 

 大きな拍手が巻き起こった。

 

 ピンクのきわどい競泳用の水着姿の健太郎がピンクのビキニ姿の春菜の手を、同じようにライトブルーの小さな競泳用水着を穿いた龍が同じ色のビキニ姿の真雪の手をとってステージに立った。新婦二人のビキニのブラの中央には、大きなリボンがついている。新郎二人のビキニの脇にも紅白のリボンが結びつけられていた。

 

「やはりここはプールですから、四人はこのように思い出深い姿で皆さんからの祝福を承ります」

「それでは簡単に、どうして思い出深いかの説明を致しましょう」

「はい。皆さんもご存じの通り、龍くんと真雪嬢は小さい頃からこのスクールで水泳を学んでおりました。それも龍くんのご両親から。自然と二人の心も近づいていき、いつしか二人はお互いの身体を求め合い、貪り合うまでになったのでした」

 

「しゅうちゃんっ!」真雪がステージから大声を出した。「恥ずかしいこと、言わないでっ!」

「だって、原稿に書いてあるもん、ほら」修平は持っていたメモをひらひらさせた。

「ご紹介が遅れました。今回私たちがしゃべる脚本を担当したのは、この会場のオーナーでもあります海棠ミカ大先生でございます」

 

 会場内が拍手に包まれた。ミカが立ち上がって手を振って見せた。

 

「そして健太郎くんもこのスクールの生徒。実は彼がああいう姿でいるところを、春菜嬢は見初めたのです。何とドラマチックなお話!」

ケンちゃんの逞しい身体にくらくらしてしまい、結果春菜さんは一瞬で恋に落ちたと言えるでしょう」

 

 ステージの健太郎は思いきり赤面していた。

 

「どうぞ、新郎新婦は椅子におかけ下さい」夏輝が促した。ステージの横長のテーブルに向かって四人は並んで座った。

 

「さて、彼らの前にチョコレートケーキが3つも運ばれて参ります」

「今日はバレンタインデーだし、チョコレートの日でもあるしね」夏輝が修平に顔を向けて言った。

 

 豪華なチョコレートケーキがたけし、ひろし、あつしの手によって運ばれてきた。

 

「もちろん提供は『Simpson's Chocolate House』ーっ!」ひときわ声だかに叫んだ修平はガッツポーズをした。

 

 割れんばかりの拍手と歓声が会場内に響き渡った。

 

「一生に一度食べられるかどうか、という見事なウェディング・ケーキ。当然全てチョコレートケーキ。腕をふるったのはアルバート・シンプソン翁、ケネス・シンプソン氏、そしてシンプソン健太郎くん本人、実に親子三代のショコラティエによる傑作、芸術品ですっ!」

 

 また大きな拍手が巻き起こった。

 

「祝福タイムですから、どうぞ、順番にステージまでおいで下さり、新郎新婦によって提供されるお好みのケーキを召し上がりながら彼らに祝福の言葉を掛けてやって頂ければ、こんなに嬉しいことはありません。と本人たちが申しております」

「くれぐれもステージまでの桟橋では足を踏み外さないよう、十分にお気をつけ下さい」

「でもま、万一プール内に落ちたとしても、二人の新郎ライフセーバーがすぐに助けてくれます。なにしろ、そんな格好ですから」

 

 会場内から笑いが起こった。

 

「しかし、だからいって、ワザと水に落ちたりしないでください。一応彼らは主賓ですし、ケーキに塩素臭い水が掛かってしまっては台無しですから」

 

 どっ! また会場から笑いが起きた。

 

 次々に招待客はステージに詰めかけ、四人に祝福の言葉を投げた。四人はその返礼に、目の前のケーキを切り分け、白い皿に載せて手渡した。

 

 司会の修平と夏輝は、大きなデキャンタを持ち、テーブルを回ってコーヒーのサービスをしていた。

「私たちも働いております」修平が手に持ったワイヤレス・マイクに向かって言った。

「修平、黙って働くのっ!」別のテーブルにいた夏輝もマイクで言った。

「修平君、今日は本当にありがとうね」ケンジの母親が、コーヒーを入れたカップを持った修平に声を掛けた。「真雪も健太郎も、それに龍も春菜さんも、すばらしいお友達を持って幸せだわ……」

 カップを彼女の目の前に置いて修平は言った。「いや、俺の方こそ、彼らにとってもよくしてもらってます。俺が夏輝と結婚できたのも、彼らのおかげ。ほんとにいい友だちですよ」

「ケンジとマユミ、二人がこんな素晴らしい時間を私たちにくれたんだ、って思うと、なんだか胸が熱くなってくる」

「お二人にも俺たち、いっぱいお世話になっちゃって」

「そうなの?」

「はい」

「あの二人、双子なのに、いがみ合ったかと思ったら、急にべたべた仲良くなっちゃったり、よくわからない兄妹だったのよ」

「そ、そうなんですか……」

「それが、立派にあの子たちの父親や母親になってるんだから……」彼女は目を細めてステージ上の孫たちを温かく見つめた。

 

 夏輝はシンプソン家のテーブルにいた。

「ほんま、わたしたち、幸せモンやな」シヅ子が夏輝に笑顔を投げかけた。

「おめでとうございます。シヅ子おばあさま」

「春菜さんみたいな、かわいくて素敵なお嫁はんもろうて、健太郎は果報モンやで、ほんまに」

「いい子ですよ、春菜。あたしも自信を持ってお勧めします」

「わかってるがな。ほんま、よう気がつくええ子や。それに龍くんも立派になって」

「彼の小さい頃から知ってらっしゃるんでしょ? おばあさま」

「ああ、もちろん知っとるで。ちっちゃい頃から元気で明るくて、優しい子やったわ。お父さんによう似て」

「ケンジさんに?」

「そや。ケンジも高校の時から知っとるけどな、うちのマユミさんとそれはそれは仲のええ、素敵な少年やったわ」

「仲良しだったんですね、ケンジさんとマユミさん」

「そらもう、兄妹言うより、まるで恋人同士みたいやったわ」

「龍くんと真雪、お似合いですね」

「ほんまやな。そやけど、今までも家族同然につきおうてきたよってに、結婚っちゅうてもあんまり実感がわけへん」シヅ子と隣のアルバートは一緒に笑った。

「夏輝サンも食べてくだサーイ、ワタシのケーキ」

「もちろんです。頂きます」

 

 

「ユウナもリサも、今日は本当にありがとう」真雪が前に立った二人の女性にケーキを手渡しながら言った。

「おめでとう、真雪」「おめでとう」

「ユウナ、豪ちゃんとはうまくやってるの?」真雪が訊いた。

「そりゃあ、結婚してまだ一年ちょっとしか経ってないんだ。今からうまくいかなくてどうすんのさ」

「それはそうだね」

 

 ユウナは高校の時の同級生高円寺豪哉と昨年結婚していた。

 

「高円寺君、毎日すっごく忙しそうよ」リサが言った。「オーダーメイドのお弁当、ずっと作ってるもの。私がお店に行った時はいっつも」

「そうなんだね。ユウナも配達、大変なんじゃない?」

「ま、今のうちにお店出す資金貯めとかないとね」

 真雪の隣の龍が言った。「豪哉さん、近いうちに料亭を持つって言ってたけど、本当なの? ユウナさん」

「ああ。まったく夢みたいなこと言っちゃってさ。まだ料亭の看板ほどしかお金貯まってないっつーのに……」

「高校の時から、かなり無鉄砲なところはあったけどね、豪ちゃん」

「そうよね。でも高円寺君、なんだかんだ言ってこれまでもその『無鉄砲』でうまくいってるわけだし、遠くない将来、きっと立派な料亭のご主人になってるんじゃない?」

「料理の腕前は一流だからね」真雪が微笑みながら言った。

「そうなったらユウナさんはその料亭の女将さんなんだね」龍が言った。「楽しみだね」

 

「それはそうと、」ユウナが言った。「リサはまだ結婚しないの?」

「今のところ、予定なし」

「でも、つき合ってる人はいるんだよね?」真雪が訊いた。

「一応はね」

「今から愛を育てる、ってとこだね」ユウナが言った。

 リサが唐突に言った。「私ね、龍くんみたいな人と結婚したい」

「へ?」龍が驚いてリサの顔を見た。

 ユウナが慌てて言った。「あ、あんた、まさかこの場で龍くんを真雪から奪おうなんて考えてるんじゃないでしょうね?」

「と、とんでもない!」リサは右手を激しく顔の前で振った。「龍くんみたいな、って言ったでしょ?」

 ユウナはほっとしたように言った。「まあ、この期に及んで真雪から龍くんを奪うなんて絶対不可能だけどね」

「できれば年下。私より背が高くて、行動力があって、優しくて男前で」

「確かに龍くんだね。その特徴」

 

 龍が赤くなって言った。「お、俺そんな男じゃないよ……」

 

「こんな風にシャイなのが絶対条件」リサは微笑んだ。

「そう言えばあんた、」ユウナが言った。「高校ん時から龍くんのこと気にしてたもんね。かわいい、弟にしたい、っていつも言ってたよね」

「そうなの。だから私、龍くんが真雪とつき合ってるって知った時はすっごくショックだった」

「そ、そうなんだ……」龍が小さくつぶやいた。

「ただのいとこ同士だって思ってたのに……真雪に裏切られた気分だった」リサが悪戯っぽく真雪を睨んだ。

 

 ユウナが気まずそうにリサと真雪の顔を見比べた。

 

「そ、そうだったの……ごめんね、リサ……」真雪が申し訳なさそうに言った。

「って、大丈夫。真雪が謝ることなんかないわよ。それに、」リサは笑った。「それからよく観察してたら、龍くんは真雪といっしょになるべき男のコだってことがわかってきた。私なんかじゃ百パーセント無理。思えばあれからずっと真雪と龍くんはもうすっごくお似合いだと思う」

「確かにお似合いだ。龍くんと真雪。いつも。どんな時でも」ユウナも言った。

「二人を見てると、何だか、とっても癒されるのよ」

「癒される?」

「二人がラブラブなのを見ると、私すっごく幸せな気持ちになる」

「わかる」ユウナも言った。「この二人、幸せが溢れすぎて、周りの人間まで幸せにしちゃう感じがするよね」

「そうそう。その通り」リサはまた笑った。龍は照れて頭を掻いた。

「ねえねえ、二人の写真、撮らせてよ」ユウナが言った。「リサ、カメラカメラ」

 

 ユウナに促されて、リサはデジタルカメラをバッグから取り出した。

 

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真雪と龍のスナップショット

「水着姿の二人って、輪を掛けてお似合いだよね。龍くんも真雪もモデル並みのセクシーさ」

「うん。私もそう思う」

「笑って」ユウナが言って笑顔を作った。龍は真雪の身体に腕を回して頬同士をくっつけ合った。パシャ! フラッシュが光った。

「龍くんったら、無意識に真雪のおっぱいに触ってるよ」カメラの背面の液晶画面を確認しながらリサが楽しそうに言った。

「え? そ、そうだった?」龍は慌てて真雪から手を離した。

「触りたくもなるよ。抜群の美乳だからね、真雪は」ユウナも笑った。

 

「ごめんね、さっきは変なこと言っちゃって」リサが真雪の手をとった。「時々遊びに行ってもいい?」

「もちろん。いつでも来て。歓迎するよ」真雪が言った。

 ユウナは真雪と龍に目を向けた。「いつまでもラブラブでいてね。私たちのためにも」

 リサも言った。「お幸せに」

「ありがとう、ユウナ、リサ」

 

 

 二組の新郎新婦の前のケーキは、瞬く間になくなってしまった。龍はトレイを下げに来たホールスタッフのたけし、ひろし、あつしに声を掛けた。

 

「三人とも、今日はありがとう。いろいろ雑用を任せちゃって、申し訳ない」

「何言ってやがる」ひろしが笑顔で言った。「俺たちが買って出たんだ。気にすんな」

「三人とも、ちゃんと食べた?」真雪が申し訳なさそうに言った。

「いただきました」たけしが言った。「けっこうつまみ食いしてたから」

「あ、飲み物に牛乳準備するの、忘れてたね」真雪がしまった、という顔をして言った。

「……いや、普通披露宴に牛乳は置かないでしょ」たけしが言った。

「焼きスルメはあったけどな」ひろしが言った。

「母さんのシュミなんだ……」龍が恥ずかしげに言った。そしてすぐに真雪の顔を見て続けた。「でもなんで牛乳なんだよ、真雪」

「だって、ひろしくんの背、伸ばすために……」

「大きなお世話ですっ、真雪さん」

 

 ひろしは身長が中三の頃の160㌢のままだった。

 

「そうかー。そうだよな」龍が言った。「確かに未だにその身長だからなー、ひろし。買ってきてやろうか? 表のコンビニから」

「ぶん殴るぞ」ひろしは拳を握りしめた。「それにおまえ、そんな格好で買いに行く気かよ」

 

 一同は笑いに包まれた。

 

「あ、それに、ケーキ、食べられなかったね、三人とも」真雪がまた、しまったという顔をした。

「ご心配なく」たけしが言った。

「俺たちのために、ケニーさん、特別にケーキこしらえてくれてたんす」ひろしが言ってウィンクをした。

「え? ホントに?」龍が言った。

「うん。ちょっと小ぶりだけど、すんげーうまかった」

「ホールでいろいろやってたらきっと食べられないだろうから、って」あつしが顔を赤くして言った。

「パパがねえ」

「そうなんすよ」

「粋なことやるね、ケニー叔父さん」

 

「ところで、あつし、」健太郎が割って入った。「おまえ、なんで赤い顔してるんだ? 飲み過ぎたか?」

「こいつ、」ひろしがおかしそうに言った。「真雪さんと春菜さんの水着姿に酔っちまって」

「そうか。あつしは奥手でシャイだからな。三人の中では」

「そ、そんなに顔、赤いですか?」あつしはますます赤くなって恥ずかしそうに言った。

 春菜が言った。「彼女、いないの?」

「……は、はい、まだ……」

「っつーか、こいつまだチェリーボーイなんすよ。21なのに」ひろしが言った。

「ば、ばかっ!」あつしが小さく叫んだ。「よ、余計なこと言うなっ!」

「龍を見習え」

「そうだそうだ。こいつは中二の頃はすでに真雪さんと毎晩エッチしてやがったんだぜ」

「毎晩なわけあるかっ!」龍が赤くなって言った。

「羨ましいったらありゃしない。このやろめ!」

 

 真雪がにこにこしながら言った。「じゃあ、試しにあたしの胸、触ってみる? あつしくん」

 あつしが顔を上げた。「え? いいんですか? 真雪さん」

 

「だめだっ!」龍が叫んで真雪の水着姿の身体をぎゅっと抱き寄せた。

 

変わってねえなー、龍。わっはっは!」たけしとひろしは大笑いした。

「やばい……」あつしは鼻を押さえた。指の間から血が垂れている。「は、鼻血が……」


 

「さて、宴もたけなわですが、」司会の夏輝が元の場所に戻って言った。「これからもたけなわです」

「なんじゃ、そりゃ」隣の修平がマイクでたしなめた。

「いや、だからね、まだお開きじゃないって、言いたかったんだよ」

「じゃあ最初からそう言え」

「えー、この披露宴には実質お開きがありません」

「なんでだよ! それじゃ新郎新婦が疲れてしまうだろ?」

「これがホントの疲労宴、なんちゃって」

 

 どっ! 会場が沸いた。

 

「いいかげんにしろ!」修平が呆れて言った。

「ほんとにいつまでもいていいんですよ、お客様方」夏輝は客に向かって言った。

「はい。実はこの会場、普通のホテルや結婚式場と違い、なにしろ実行委員の海棠夫婦の経営です」

「ですから、時間を気にせず、盛り上がれる、ということで」

「お酒の持ち込みも自由。はす向かいにコンビニもありますので、お好きなモノを持ち込んでそのままここで二次会でも」

「とは言え、いつまでもお客様をお引き留めすることは、我々の本意ではございませんので、」

「お帰りの際は、私たち司会にお声を掛けて下されば、記念の品をお土産としてお渡しし、心を込めて新郎新婦がお見送りをさせていただくことになっております」

「その際は、けっして彼らの身体に触ったり、衣装に手を掛けたりしないでください」

「ここは妖しげな飲み屋かっ!」

「いや、何しろ裸同然だし」

「と、とにかく、お時間の許す限り、お楽しみ下さいね。って、俺とうとうケーキ食えなかった」

「突然何言い出すかな」

「だって、俺おまえとの結婚式の時もケーキ食えなかったんだぞ」

「あたしも食べられなかったよ。でもそれってあんたのせいでしょ?」

「そうだったっけ?」

「あんた大切なケーキ入刀の時、つまづいてケーキに顔突っ込んだじゃないか!」

「おお、そうだった、そうだった」

「そうだった、じゃないっ! あたしめちゃめちゃ恥ずかしかったんだからね」

「そういうおまえも衣装替えして会場に戻ってきた時、自分のドレスの裾踏んですっころんだだろ?」

「そうだっけ?」

「そうだよ。その時俺の腕にしがみついて、上着のボタンが一つはじけ飛んだよな!」

「事故だよ、事故」

「飛んだボタンが来賓で呼んでた俺の学校の校長の額を直撃。俺、相当恥ずかしかったんだからな。あの時」

 

 会場は笑いに包まれていた。「いいぞ! もっとやれ!」一つのテーブルから声が掛かった。

 

「な、なにやってんだ、おまえ、俺たち司会者だぞ! 漫才やってる場合じゃねえだろ!」

「あんたがツッコミ入れるからじゃない」

「よし、それじゃ新郎新婦ネタでいくか」

「主賓だからね。賛成」

 

「さて、新郎の一人健太郎は、そこにいるもう一人の新婦の真雪とは双子の兄妹であります」

「そうです」

「小さい頃から二人は非常識に仲が良く、ずっと寝る時は手を繋いでいたとか」

「小学校卒業する時までね」

「はい。そしてそのままつき合って結婚するのではないか、と我々も心配しておりましたが、」

「そんなわけあるかっ!」

「海棠家の龍に真雪を奪われてしまってからは、健太郎、ちょっと焦ってたようであります」

「はい。龍くんと真雪が目の前でいちゃいちゃするのを見せつけられ、何度か鼻血を噴いたことも」

「あったらしいねー。しかし、確かに龍と真雪は人目も憚らずいちゃいちゃするのが得意で」

「あたしたちも何度か見せつけられたよね。そうそう、実は龍くんは真雪の巨大なバストが大好きで、」

「おいおい、そんなことバラしていいのか?」

「めでたい席だからいいの」

「知らねえぞ、俺」

「大丈夫。みんな酔ってる。明日には忘れてるよ」

「なんでやねん」

 

 夏輝と修平の漫才は延々と続き、会場の雰囲気を和ませた。

 

 

 健太郎はピンクのスーツ、龍はライトブルーのスーツ、春菜はピンクのドレス、そして真雪は龍とおそろいのライトブルーのドレスに着替えて席についた。

 

 昼前から続いていたダブル披露宴は薄暮の頃ようやく一段落がつくことになった。

 

「さて、結局今の時点まででお帰りになるお客様はいらっしゃいませんでしたが、」

「ありがたいコトですね。二組の新郎新婦に成り代わりまして、厚くお礼を申し上げます」夏輝と修平は同時に頭を下げた。

「それでは、一旦シメましょう」

「はい。そうしましょう」

「こうなることは予想しておりませんでしたので、予定にはなかったのですが、」

「新郎新婦のご両親への花束贈呈、並びにご両親からのご挨拶を頂きたいと思います」

「花束はさっきわたくしが大急ぎで買って参りました」

「はい、ごくろうさん」

「それでは、ご両親様、ステージにお進み下さい」

 

 ケンジとミカ、ケネスとマユミ、そして春菜の両親がステージに上がった。

 

「今まで、本当にありがとう、パパ、ママ……」春菜は目に涙を溜めて花束を父親に渡した。健太郎が隣の母親に花束を渡した。「春菜さんを頂きます。大切にします」

「健太郎くん、」父親が微笑みながら声を掛けた。「君が娘を大切にしてきてくれたことは、私たちもちゃんとわかっている。これからもいっしょに、どうか、仲良く……」そして声を詰まらせた。

 

「何だか、照れくさいけど、」真雪がケンジに花束を渡した。「これから、どうぞよろしくお願いします」

 龍はミカに花束を手渡した。「俺をここまで育ててくれて、感謝してる。ありがとう、母さん、父さん」

 ケンジが言った。「やっと来てくれたね、真雪」そしてにっこりと笑った。

 

 春菜が二つ目の花束を手に取り、ケネスに向き直った。「お父さま。こんな私ですが、末永くよろしくお願い致します」そうして花束を彼に手渡し深々と頭を下げた。

「いっしょに楽しくやっていこうな、春菜さん」ケネスは春菜の手を取った。

 

 健太郎はマユミに花束を手渡した。「母さん……」

 マユミは目に涙を溜めて小さな声で言った。「あたし、あなたを産んで、本当に良かった。間違ってなかった……」

 

 ケンジが渡されたマイクを持ち、招待客に向かって話しはじめた。

「この度は、我々の子どもたちの結婚を祝う披露宴にお越し下さいまして、誠にありがとうございます。親を代表して、僭越ながら私海棠ケンジが、皆さまにお礼のご挨拶を申し上げます」

 

 一息ついて彼はゆっくりと続けた。

「我々は、この子たちの成長をずっと見てきました。そしてこの子たちが立派に成長する手助けをしてきたつもりです。結婚が成長のゴールではもちろんありませんし、これからも彼らは幾多の困難にぶつかりながら成長を続けていくことでしょう。しかしこの結婚を機に、彼らの心の中に生まれた誓いというものを私たちも大切にしなければならないと思います。恋人時代だった今までのように、ただ甘いだけの時間、ただ優しいだけの気持ちだけでは、夫婦は共に過ごすことができないからです。お互いの全てを知り、受け止め、解り、返し、また受け止め。こういうことを繰り返しながら過ごしていかなければならないのです」ケンジはちらりとミカを見た。「しかし、何と言ってもお互いを結びつけるものは『癒される想い』だと私は思っています。向き合って会話をする、腕を組んで歩く、手を取り合う、キスを交わす、抱き合う。そこにお互いが癒やしを感じなければ夫婦とは言えない。たとえ外で困難にぶつかり、心が折れそうになったとしても、家庭に戻ればお互いが癒し合える。そういう関係でなければなりません」

 

 ケンジは神妙な顔の四人の方を向いた。

 

「今、その想いは彼らの中に溢れています。ご覧いただいていればおわかりのように、この二組のカップルがお互いを想う気持ちは強く、また大きい。今のその気持ちをどうか、忘れずに」そしてまたケンジは正面を向いた。「そして我々はそれを、これからも見守り続けます。本日はどうもありがとうございました」ケンジを始め、三組の両親は頭を下げた。

 

 会場から大きな拍手が贈られた。

 

「ありがとうございました。ケンジさんの言葉は染みますね」夏輝が言った。

「そうですね。あんなお父さんだから、龍はまっすぐ育ったんだろうね」

「真雪、幸せもんだね。長時間ステージに立って頂き、ありがとうございました。ご両親は席にお戻り下さい」

 

 夏輝が促すと、新郎新婦が両親をエスコートして元の席に案内した。

 

「さて、」修平がマイクを持ち直した。「皆さまに、ビッグなプレゼントのお知らせです」

「お知らせです」

「この度無事結婚を果たした二組のカップルは、三日後ハネムーンに出発します」

「はい、嬉し恥ずかしハネムーン」

「そして我々夫婦も同日ハネムーンに出かけます」

「何しろ、私たち二人とも忙しくて、去年の末の結婚後、すぐに出かけられなかったからです」

「はい。そういうことです。そして行き先はハワイ」

「思い出のハワイですね、海棠家とシンプソン家にとっては。9年ぶり

「はい。そうですね。というわけで我々6人で一緒に行くことになってます」

「これはびっくり!」

「自分で言うな!」

「そんなんハネムーンって言うのか?」

「いいだろ。賑やかで楽しげじゃんか」

 

「もちろん、ちゃんとプライベートな時間はたっぷり確保してあります。そこで、」夏輝は語気を強めた。「6人で皆さまにお土産を買って参ります。どうぞご期待下さい」

「結局割り勘にしたかった、ってことか?」修平が言った。

「そんな不必要に深読みをしないの」

「私たちも初めてのハワイにわくわくしています。でも、一度行ったことのあるケンタや真雪や龍にたっぷりガイドしてもらうつもりです」

「おまけに春菜にも通訳を頼めるしね」

「おまえも下心十分じゃねえか」

→Chocolate Time 基礎知識 『第二世代の3カップル』