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Chocolate Time 雨の物語集 ~雨に濡れる不器用な男たちのラブストーリー~

『雨が雪に変わる夜に』 (1.過去2.初仕事3.同窓会4.来客5.疑心暗鬼6.好敵手7.失踪8.再び9.雪の夜

《1.過去》

 

 今年の正月はよく晴れて、朝から穏やかな一年の始まりだった。遼は一人暮らしのアパートで、こたつに脚を突っ込んでビールを飲んでいた。お決まりの正月特番にも飽きて、彼はみかんの入った小振りの籠の横に置いていたリモコンを手にしてテレビの電源を落とし、そのまま仰向けになって両腕を枕に天井を見つめた。

 

 秋月遼(あきづきりょう)。25歳。すずかけ町の二丁目交番に勤務する警察官だ。彼はそのまじめで実直な仕事ぶりを買われ、昨年まで見習い警察官日向夏輝(ひむかいなつき)の実習指導員を務めていた。その夏輝も12月で実習期間を終え、本職警察官としての一歩を踏み出した(→秋月と夏輝)。

 遼にとっては初めての指導教官体験だった。実習中、夏輝が一人前の警察官になっていく手応えを感じ取った遼は、久々に充実した気持ちで新しい年を迎えることができていた。

 

「去年は正月早々初詣の酔客のトラブル処理だったからな……」

 遼は独り言を呟き、目を閉じた。

 

 

――夢をみた。

 

 遼は亜紀の両頬をそっと包み込み、静かに唇を彼女のそれに押し当てた。

 亜紀はうっとりとした表情で目を閉じ、遼の唇を味わった。

 

 彼は次第に激しく口を交差させながら亜紀の唇と舌を愛した。二人の頬を伝って唾液が糸を引いて垂れた。

 

 遼は焦ったように彼女の身体をベッドに横たえ、ブラを外し、露わになった二つの白く、柔らかな膨らみを手でさすり、口で吸った。

 亜紀は身体を仰け反らせ、喘ぎ始めた。

 

「遼、遼、好き……、愛してる」

 亜紀の吐息混じりの甘い声を聞いて、遼は間近で彼女の目を見つめながら言った。「亜紀、僕も愛してる。君をずっと……」

 

 そしてゆっくりと彼女のピンク色のショーツを脱がせ、自らも下着を脱ぎ去った。

 

「いいかい? 亜紀」

 

 亜紀は黙ってうなずいた。

 

 遼は、大きく跳ね上がった持ち物をそっと亜紀の秘部に押し当て、やがてゆっくりと中に入り込ませた。

 

「あ、ああ……」

 亜紀は言葉にならない声を発した。遼はその声を聞いてますます身体中を熱くし、深く入り込んだ自分のものを亜紀の中で前後に動かし始めた。

 

 二人の身体は汗にまみれ、シーツからもほのかに湯気が立ち上り始めた。

 

 苦しそうな顔で歯を食いしばる遼。

 

 夢見心地の表情で揺れ動く亜紀。

 

 ベッドの軋みが最高になり、遼と亜紀は同時に身体を硬直させ、細かく震えた。

「イくっ!」遼が叫んだ。

「遼、遼ーっ!」亜紀も叫んだ。

 

 

 ――遼は目を見開いた。全身に汗をかいている。

 

 彼は身を起こした。心臓が激しく打っていた。

 

 しばらく息を整えていた遼は、大きなため息をついてテーブルに載っていた缶を手に取り、残っていた生ぬるいビールを飲み干した。

 

 

 遼と薄野亜紀(すすきのあき)は同じ高校の出身だった。高校に在学している時からつき合っていたが、三年前に何となく気まずくなって別れた。

 

 21歳の時、亜紀は電車内で痴漢に遭い、一緒にいた遼はそれに気づかなかった。電車を降りてからずっとうつむき、涙ぐんでいた亜紀に遼は優しく声を掛けたが、亜紀はなかなか口を開こうとしなかった。

 その日の夕方、レストランでの食事の前、その店の前の通りで、亜紀は遼を睨み付けながら言った。

「どうして気づいてくれないの?」

「え? な、何のことだよ」

「あたし、触られたんだよ」

「触られた?」

「電車で、息の臭いオヤジに」

「そ、それって、ち、痴漢?」

「そうよ。なんで気づかないの?」

 亜紀はまた遼を睨んだ。目には涙が浮かんでいる。

 

「そ、そんなこと言われても……」

「彼氏だったら解ってくれるって思ってた」

 遼はムッとしたように言った。

「気づかれないように触ってくるのが痴漢なんじゃないのか?」

「最低! あたしの気持ちなんか解ってくれないのね」

「解るよ。解るさ。君がすぐに言ってくれれば止めることも慰めることもできた」

「……気づいてよ」

「そんなことをするためだけに、僕は君とつき合ってるわけじゃない」

「そんなこと? そんなことって何? あたしにとっては重大事件よ」

 

 

 遼は思った。あの出来事が二人の間に小さな溝を作ったのかも知れない。

 

 その頃、お互いが隣にいてあたりまえの感覚になっていた二人は、遼が大学を出て警察官になってからもつき合いを続けた。二人の地元は、隣県の小さな町だったが、遼がすずかけ町の警察署に勤務することが決まってから、亜紀もこの町の小規模アパレル会社に就職し、アパートを借りて一人で暮らしていた。

 

 就職後、職場のことでお互い忙しくなり、遼が大学を出る時に交わした一緒に住もうという約束も自然消滅していた。いつでも電話すれば会うことができる安心感が、二人を実際に会う時間を減らし続けた。同じ町に住んでいるのに、一カ月に二度程しか会えなくなっていた。

 

 遼は亜紀に会えば抱きたい衝動に駆られたが、セックスのためだけに会っていると思われたくなくて、次第に亜紀を抱く回数も減っていった。亜紀自身は、遼に抱かれることで二人が繋がっているということを確かめたかったが、それもままならない状態だった。

 

 別れは遼が切り出した。

「僕よりもっと君の気持ちを大切にしてくれる人がいるはずだ」

 

「そうだね……」

 亜紀はその時、うつむいたままそう呟いたのだった。

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