「Chocolate Time」キャラクターと語る エッセイ集

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031.ジェンダーとセックス

 「ジェンダー(gender)」とは、『文化的・社会的な性差』のこと。「性」に関することを述べる時に「セックス(sex)」と違う意味を強調する時に使用されることの多い言葉です。ちなみにこの場合の「セックス」とは(元々の)生物的(身体的)な性別のことで、ついでに言えば「トランスジェンダー(transgender)」とは「T.G.」とも表記される『身体の性と自己の認識する性が一致しないこと』という意味。

 具体的に言うと「スカートを着用するのは主に女性」「バイクを乗り回すのが好きなのは男性」「人前に出る時に化粧をするのは女性」「競馬にうつつを抜かすのは男性」といった類いの考え方がジェンダー。でもこれ、軽重の差こそあれ大いに差別的です。バイク好きの女性だっているわけだし、メイクを身だしなみと思う男性がいるのも事実。それによって「男勝りだ」とか「女々しい」などと否定的な物言いをするのは間違い。とは言え、街なかで濃いメイクをして歩いている男性がいたら、それを見て眉をひそめる人は多いだろうことは想像に難くありません。

 

 また最近は衣服を中心にいろいろなアイテムに「ユニセックス(unisex)」なるものが増えてきました。つまり男性でも女性でも使えるよ、というものですね。またデザインに関して、女性的なものでもメンズとして売られたり、本来男性が身につけるようなものを女性用として商品化したりといったことも今では普通に感じられるようになりました。前者は「メンズブラ」「スパッツ」、後者では「レディス褌」なんかがありますね。

 

 ただ、普通に感じるとは言っても個人差があります。やっぱり。

 他人のシュミや嗜好を否定するつもりはありませんので、あくまで個人的な感じ方ですが、僕個人はメンズブラやレディス褌はNG。その一方でアンダーウェアに関してはビキニやTバックは全然OK。というよりこういう一昔前は女性専用だったデザインの下着しか持っていないし穿きません。でもこれらは全て「メンズ」「ユニセックス」として売られていた商品です。

 ビキニの下着を好むのは僕がバイセクシャルだから、とも言い切れないモノがあります。なぜなら、全くのノンケを標榜する男性がツイッターやinstagramでそういうきわどい下着姿の自撮り写真を公開していたりすることも少なくないからです。

 いずれにしてもさまざまな理由や事情で、ある人から見たら「女装」と烙印を押されそうな下着を身につけている人は決して少なくないということです。

 

 

 そう、この「女装」というコトバ。誤解を招くことがあるなかなか危ういコトバ。

 先に記した「トランスジェンダー」の人、例えば自分はオトコだが、生まれつき精神的には女性である、つまり人から男扱いされることに違和感を感じる、という人の場合、自分自身のアイデンティティを取り戻すために女性用の服を着る。これを「女装」という少々侮蔑的な香りのするコトバで評するのはいささかに問題がある気がします。もちろん「性的に女性の格好が好きで」心も身体も男でありながら女装している人も、自分の信念でそうしているわけで、道徳的な問題もなければ他人から蔑まれる理由も根拠もありません。

 

 男がビキニの下着を穿いているのを見て、「やだ~」と敬遠する人も、その理由はさまざまでしょう。 理由は山程あるでしょうが、とりあえず代表的と思われる次の二つについて考えてみましょう。

 

《理由その1》

 男のくせに女みたいな下着を穿いちゃって……。

 

《理由その2》

 はみ出しそうだよ、いやらしい男。

 

 《理由その1》の場合、明らかに女装に対する軽蔑の気持ちが込められています。穿いている本人のシュミや考え方の如何に関わらず、そう思われるのはある意味不本意ですね。性的に女性の格好をすることに昂奮する人はこの意見を軽く受け流せるでしょうし、堂々と「そうだよ、俺、女装がシュミだし」と言い切ることができるでしょう。しかし女装に対してあまりいい印象を持ってない人にとってはこの評価はなかなか堪(こた)えます。「誤解しないでくれ、俺には女装のシュミはない」と反論したくなります。僕がそのタイプですから。でも見る人によっては「結局女装じゃん。どこが違うんだ」ということになるのでしょう。

 

 《理由その2》の場合は、穿いている本人が逆に自分が男であることを誇示する気満々で、露骨に性器のカタチが浮き出ていたり、ことさら膨らみを強調したりするデザインの下着を穿いて、ダイレクトにセックスの強さを女性にアピールする狙いがあるんだろう、スケベなやつ、と非難する立場。これも他人にとやかく言われる筋合いはないわけで、人前で見せびらかしたりしない限り法的に問題もありません。しかし、別な意味で巷ではビキニ愛好者=ゲイという構図もかなり浸透しているようで、そういう意味でも(同性愛が理解できない人にとっては)いやらしいという侮蔑の気持ちがこもった言葉で形容されることになってしまうのでしょうね。

 

 世の中の男性が草食化に傾いているからか、いわゆる生々しいオトコのシンボルを強調するのを避けたがる風潮にあるんだろうなあ、というのはうすうす感じます。男性用の下着について言えば、その主流がブリーフからトランクスに変わり、現在はボクサーパンツが全盛。ブリーフをセクシーだとは思いませんが、「隠す」ことに主眼が置かれてきたのは確かで、女性が水着姿や下着姿を大いに「見せる」方向に進んでいるのとは全く逆。もちろん、オトコが女性の下着姿を見ることと、反対に女性がオトコのセミヌードを見ることは本質的に違います。オトコは見たがり、女性はあんまり見たくない。その差でもあるのでしょうね。

 

 オトコももっと下着に拘るべきだ、というのはこのエッセイ集の記念すべき第1回で語りました(メンズ下着考)。ボクサーパンツでもビキニでもいいから、もっと自分の好きな下着を身につけて鏡の前に、いや女性の前に堂々と立ってみてもいいと思うのですがいかがでしょう? 幸い今は男性用の下着にもいろんなデザインやプリントのものがあって、嗜好を満足させるものもいっぱいあるじゃないですか。ジェンダーを気にせずにそういう好きな下着を身につけて幸せな気持ちになるのは悪くないですよ。

2017,4,17 Simpson