Twin's Story 外伝 "Hot Chocolate Time" 第1集

第7話 電撃告白タイム

「明後日、あたしコクる」大学の学生食堂で、いきなり兵藤ミカは隣に座った友人、美紀に顔を向けた。

「え?」美紀はようやくフォークで拾い上げたばかりのパスタのかけらを、また取り落としてしまった。

「あんたも一緒に来て。飲み会で決行するから」

「の、飲み会で告白するの? 誰に?」

「一緒に来ればわかるよ。あっはっは」ミカは高らかに笑って、カツ丼を口に掻き込んだ。

 

 

「おい、海棠」プールから上がったばかりのケンジを捕まえて、すでに着替えを終えた久宝が声を掛けた。

「なんだ?」

「明後日、飲み会だ」

「え?」

「拒否権なしだと」

「誰が決めた、そんなこと」

「ミカ先輩」

「ミ、ミカ先輩?」

「そ。おまえと俺と、堅城、小泉の四人、そしてミカ先輩と美紀先輩」

「なんだ、そのメンツ」

「知るかよ」

「明後日、俺の誕生日なんだが」

「予定入れてるのか?」

「いや」

「誰も祝ってくれないってか? 丁度いいじゃないか」

「まあ……な」

「ミカ先輩、密かに祝ってくれるつもりなんじゃね?」

「そ、そうかな……」ケンジは少し赤くなった。

 


 海棠ケンジ(19。二日後20)は大学の二年生だ。小さい頃から親しんでいる水泳を極めるために、実家を離れ、この大学に入学した。水泳サークルに所属していて、ミカと美紀は四年生、堅城、久宝、小泉は同期だった。

 ケンジには双子の妹マユミがいた。この兄妹は高校二年生の時、ふとしたきっかけで極秘の恋人同士になってしまい、身体を許しあっていた。その禁断の関係はケンジがこの大学に入学して一年生の冬まで続いた。

 ケンジとマユミは強く想い合っていたが、兄妹で愛し合うことのタブーに苛まれ、泣く泣く別れた。その傷心のケンジを親身になって慰めたり、励ましたりしてくれていたミカに彼は少しずつ惹かれていき、二年生になってからは次第にはっきりとそれが恋愛感情へと変化していくのをケンジ自身も自覚し始めていた。

★ケンジとマユミの禁断の関係についてはこちら→基礎知識『海棠兄妹』

 

 

 ――12月1日。居酒屋『久宝』。

 

「海棠、」ミカが身を乗り出して、テーブルの反対側に座ったケンジに言った。口からスルメの脚が飛び出している。

「はい、何でしょう、ミカ先輩」

「あんたこの後、予定ある?」

「え? もう二次会の話ですか? まだ来たばかりでしょ」

「いいから。どうなの?」

「別に帰って寝るだけですけど」

「そうか。寝るだけな」ミカはひどく嬉しそうな顔をして、スルメの脚を口に押し込んだ。「じゃあ、あたしに付き合って」

「い、いいですよ」

「おい、久宝、」ミカは一転して険しい表情で、ケンジの隣に座った久宝に顔を向けた。

「なんすか?」

「おまえんちはいつまで待てばビールが出てくるんだ?」

「たった今座ったばかりでしょ? 先輩。ビール頼んだの、ほんの30秒前っすよ。っつーか、つまみのお持ち込みは当店では禁止となっております。なんすか、そのスルメは」

「座ってすぐから、何か口に入れとかないと落ち着かないんだ、あたしは。それよりビールはどうした、ビールは」

「だから、すぐに来ますってば」

「おまえ行って持って来い。自分ちだろ」

「わかりましたよ。ったく……」久宝は立ち上がって厨房に入っていった。

 

 でかい図体の堅城が腕組みをして野太い声で言った。「今日は何だか、ミカ先輩、最初っからテンション高くないっすか?」

「なんでなんですか? 美紀先輩」眼鏡をハンカチで拭きながら小泉が隣の美紀に訊いた。

「言っていい? ミカ」美紀は右隣に座っているミカに訊ねた。

「いいよ。別に」

「え? 何か理由があるんすか?」久宝が運んできた生ビールのジョッキを真っ先にミカの前に置いて訊いた。

「重大な発表がある」ミカが凄みのある声で言ったので、後輩の男子学生四人は一様に居住まいを正した。

 ミカは一つ咳払いをして身を乗り出した。「実はね、」

 

 テーブルの一同は固唾を呑んでミカを見た。

 

「とりあえず乾杯しよう」

 がたがたがた。久宝は座布団からずり落ち、ケンジは割り箸を吹っ飛ばした。

「海棠の二十歳の誕生日を祝ってー。乾杯っ!」ミカがジョッキを高らかに持ち上げた。「か、乾杯」一同もそれに倣った。「おめでとー」

 

 ぺちっ! 「いてっ!」緑色の小さな粒がケンジのほっぺたに当たって、テーブルに転がった。「ちょっと、ミカ先輩、枝豆飛ばすの、やめてくれません?」

「海棠は枝豆は嫌いか?」

「飛んでくる枝豆をどうしろって言うんです?」

「やっぱりミカ先輩、今日は変だ。半分壊れてる」小泉が眼鏡をシャツの裾で拭きながら言った。

「いつもだいたいこんなもんだけどね」美紀が言ってジョッキを持ち上げた。

「ところで、」堅城もジョッキを口に運びながらケンジに言った。「おまえ、二十歳になったんだから、もう飲めるんだろ? なんで一人だけウーロン茶なんだよ」

「い、いや、俺、ビールにはあまりいい思い出がなくてさ」

「なに? きさまフライングしたのか?」

「あのな、」ミカがおかしそうに言った。「海棠は一年前、自分の部屋でビール飲み過ぎて、酔っ払っちまってな、」

「あああーっ! ミカ先輩! それ以上はだめっ!」ケンジは真っ赤になっていた。

「何慌ててるの? 海棠君」美紀が怪訝な顔をして訊いた。

「一人でバースデーパーティやって盛り下がってやんの。あっはっは! いやあ、傑作だったね」

「ミカ先輩、なんでその海棠の一人のパーティのこと、知ってるんすか?」久宝が訊いた。

「あたしの部屋はこいつの部屋の真下だ。上の部屋から異様な物音がしたから訪ねたら、こいつ、酔っ払って暴れてた」

「暴れてません」ケンジが言った。

 

「あたしが行ってからか、暴れたの」

 

「ちょ、ちょっとちょっと! ミカ先輩、やめて下さい」

「さっきから挙動不審だよ、海棠君」美紀が揚げ出し豆腐を箸で二等分にしながら言った。

「と、とにかく、俺、一年前に飲み過ぎて、ミカ先輩に迷惑かけちまったから、未だにビールを飲むのに抵抗があるんです。それだけです、それだけ」

 

「かけたの、迷惑だけじゃなかったよな」ミカがぼそっと言った。

 

「いいじゃねえか。それだけなら」堅城が言った。

「えらくムキになってるとこ見ると、それだけじゃなかったんじゃないのか?」小泉が眼鏡を紙ナプキンで拭きながら言った。

「お、おい小泉、おまえ、さっきも眼鏡拭いてたぞ。なんでそんなに頻繁に眼鏡拭きたがるかな」ケンジがムキになって言った。

「さっきおしぼりで拭いたら、思いっきり曇っちまったんだ。話をそらすな、海棠」

「それだけじゃなかったんすか? ミカ先輩」テーブルを離れていた久宝が、手に焼き鳥の串盛り合わせを持ってやって来た。「これ、サービスです。いつも先輩たちにはお世話になってっから」

「おお! 済まないね。久宝。いいとこあるじゃん。それだけじゃなかったんだよ、実は」

 

 ケンジは誰が見てもそわそわしているのがわかるぐらいに腰をもぞつかせた。

 

 

 ――さて、そのケンジの恥ずかしい事件の概略はこうだ。

 

 大学に入学し、家から離れたケンジは、高二の頃からずっと愛し合い、繋がり合っていたマユミとは、兄妹であるが故に別れなければならない、と自分自身を追いつめ始めていた。

 そして丁度一年前の19の誕生日。彼は同じ日に生まれたマユミとの思い出を忘れようと、飲めもしないビールを飲み過ぎて酔いつぶれてしまった。

 アパートの彼の部屋の下に住んでいるミカは、ケンジの部屋から異様な物音が聞こえたので、不審に思いケンジの部屋を訪ねた。

 ミカに介抱されていたケンジは、酔って意識が朦朧としている中、ミカを妹マユミだと思いこんでしまい、そのままベッドに押し倒し、着ていた服を剥ぎ取り、自らも全裸になって、何と挿入してしまったのだった。

 かねてよりケンジに思いを寄せていたミカは、身体を熱くしながらケンジに夢心地で抱かれていたが、あと少しでクライマックス、という時に、ケンジは、繋がっている相手がマユミではなく、いつも親身になって自分を世話したり、心配したりしてくれている、先輩のミカだということに気付き、慌てて身体を離したが、反射には抗えず、ミカの身体中にその熱い液を大量にぶっかけてしまったのだった。

 もちろん、その直後、ケンジは土下座してミカに何度も何度も謝り続けた。

 ケンジにとっては、早く忘れてしまいたい忌まわしい事件なのだった。

 

 

 ミカが屈託のない笑顔をケンジに向けた。「言っていい? 海棠」

「だ、だめですっ!」

「だめか。やっぱり」

「と、当然ですっ!」ケンジは正座をして身を固くしたまま言った。

「でも、みんな知りたがってるよ?」

「だめですっ! 絶対」

「しょーがない。この店出る時、教えてやるよ。みんなに」

「だめったら、だめですっ!」

 

 

「おい、久宝!」

「なんすか? ミカ先輩」

「ケーキ持って来い!」

「あのね、ここ居酒屋っすよ。そんなの置いてあるわけないじゃないっすか」久宝はあきれ顔で言った。

「じゃあ表のコンビニで買ってこいよ。ほら、釣りはいらないから」ミカは財布から五千円札を取り出して久宝に与えた。

「ちょ、ちょっと、ミカ先輩、こんなに必要ないっすよ。五千円なんて」

「いいから買ってこい。そこで一番高いケーキ買ってくりゃいいんだ。とっとと行って来い」

 

 久宝はしぶしぶその五千円札を握りしめてテーブルを離れた。

 

「食べたいもの、思う存分食ったか? 海棠」

「はい。ありがとうございます、ミカ先輩。それにケーキまで……」

「何だか今日はあんまり打ち解けてないね、海棠君」美紀が豚バラの串を手に取ってケンジに差し出した。

 ケンジはそれをためらいがちに受け取って言った。「そ、そんなことありませんよ」

「何か緊張してねえか?」堅城が言った。

「ミカ先輩が、一年前の恥ずかしい事件を持ち出したりするから……」

「恥ずかしい? 事件?」小泉が言った。「おまえミカ先輩に迷惑かけただけだって、さっき言ってたよな。それのどこが恥ずかしいんだよ。しかも事件って」

 

「そうだそうだ」ミカが手羽先に噛みついたままで言った。

 

「め、迷惑かけるのって、恥ずかしいことだろ? 社会的に」

「いまいちしっくりこねえんだが……」堅城が言った。

「やっぱり、言っちまうか、海棠。みんなに」脂まみれの手でケンジを指さし、愉快そうにミカが言った。

「やめて下さいっ!」ケンジは真っ赤になって大声を出した。

 

 ミカが残りのメンバーに向かって言った。「ごめん、みんな。ほんとはその時、無茶苦茶恥ずかしいこと、こいつしでかしたんだが、さすがに今、こんなだから、勘弁してやってよ」

「ちぇっ」小泉がつまらなそうに眼鏡を外し、手で目をごしごし擦った後、すぐに掛け直した。

 

 久宝が手にコンビニの袋を提げて戻ってきた。

「どんなにがんばっても千二百円っす。コンビニのケーキ」お釣りを渡そうとした久宝の手を押しやって、ミカは言った。

「釣りはとっとけ、って言っただろ。ここの払いの足しにしろ。さっき、焼き鳥もいっぱいサービスしてもらったしね」

「気っ風いいっすね、相変わらず」久宝は笑った。

「ところで、」小泉が眼鏡を外しながら言った。「ミカ先輩の重大発表、まだ聞いていないんですけど」

「おまえ、また眼鏡磨くのか? レンズ、薄くなって、度が弱くなっちまうぞ」堅城が言った。

 

「俺も聞きたい。ミカ先輩の重大発表」ケンジが言った。

 

「え? おまえが?」

「は?」

「海棠も聞きたいのか?」

「そ、そうですけど。いけませんか? 聞いちゃ」

「変なやりとりだな」久宝が割り箸で皿を叩きながら言った。「言って下さいよ、ミカ先輩。みんなに」

「わかった。よし! 海棠、こっちに来い」

「え?」ケンジは身構えた。

「いいから来いよ、あたしの隣に」

 

 美紀はにっこり笑いながら、黙って大きくうなずいた。

 

「な、なんで重大発表で俺がそこに……」

「心配するな。殴ったり蹴ったり飛ばしたりかじったりするわけじゃないよ」

「かじられたんじゃ、たまりませんよ」ケンジは立ち上がって、ミカの横に恐る恐る正座し直した。

「みんな、よく見ててね、ミカの重大発表」美紀が楽しそうに言った。

「え? 見る?」

「重大発表を? 見るんすか?」

 

 ミカは突然ケンジの両頬を両手で挟み込み、彼の口を自分の口で塞いだ。

 

「んんんんんっ!」ケンジは目を剥いて呻いた。

「おおおっ!」小泉は眼鏡を上げて食い入るようにそれを見た。

「ええっ?」久宝は皿を叩くのをやめて、凍り付いた。

「な、何とっ!」堅城は思わず立ち上がって拳を握りしめた。

「やったね!」美紀はとびきりの笑顔でミカとケンジの熱いキスシーンを微笑ましく見守った。

 

 ミカはいつまでも口を離さなかった。ケンジはめいっぱいおろおろしながら最大級に赤面していた。

 

 

「というわけで、」ミカが店を出たところで言った。「あたしと海棠はこれから一緒に帰る。引き留めないでくれ。それから、あたしの電撃告白に付き合ってくれて、ありがとう、みんな。海棠もあたしの申し込みをOKしてくれたし、これから温かく見守ってもらえるとありがたい。じゃっ」

 一気に言いたいことをまくし立てた後、ミカは腕をケンジのそれに無理矢理絡ませて、夜道を遠ざかっていった。後ろ髪を引かれるようにケンジは一度振り返ったが、そのままミカに引きずられるようにして、強制的に連行されていった。

 

「ミカ先輩らしいね」小泉が拭き終わった眼鏡を掛け直して言った。

「海棠のやつ、ああ見えて、けっこうまんざらでもないんだぜ」堅城が腕組みをして言った。「あいつ、かなりミカ先輩のこと、気にしてたからな」

「そうなの?」美紀が言った。

「そうすよ。サークルの時はプールでいつも熱い視線投げてるし、俺との会話の話題でも必ず一回はミカ先輩の名前がヤツの口から出てくるんすから」

「へえ」美紀は嬉しそうに笑った。

「それはそうと、ミカ先輩、一人で全額置いていきましたよ。ここの払い」久宝が申し訳なさそうに言った。「変な気起こすんじゃないぞ、って捨て台詞残して」

「近いうちに、祝宴上げようよ。二人のために。今度はあたしたち持ちで」美紀が言った。

「いいっすね」三人の男子学生も口をそろえて言った。

 

 

「あ、あの、あの……」ケンジは赤くなってかしこまっていた。

「ラブホテルは初めて? 海棠くん」ミカが優しく言った。「ごめん。デリカシーなかった?」

「い、いえ、そんなことは……」

「いかにも今からやります、って感じだよね」

「ミ、ミカ先輩……」

「あたしを、抱いてくれる? 海棠くん」

「あ、あの……」

「好きだった。ずっと前から好きだったんだ。あたし。海棠くんのことが」ミカの目が少し潤んでいた。

「お、俺も、前から気になってました。先輩が」

「それって、恋愛感情になり得る?」

「たぶん……」

 

 ミカはケンジにそっとキスをした。

 

「ごめんね、酒臭いでしょ?」

「い、いえ……」

「よし、あなたも飲みなよ。せっかく二十歳になったんだからさ」ミカは冷蔵庫から缶ビールを二本取り出して、一本をケンジに手渡した。そして自分ののプルタブを起こした。

「さ、乾杯しよ。海棠くん」

 

 ケンジもためらいながら缶を開けた。

 

「これからどうなるかわからないけど、とりあえず乾杯」ミカが言ってケンジの持った缶に自分のそれを触れさせた。ケンジは恐る恐る、缶を口につけて、ビールをまるで薬を飲むような顔で、それでも決心したようにごくごくと飲んだ。

「あんまりおいしそうに飲まないね」ミカがふっと笑って言った。

「ビール、苦いですね」悲しそうな顔でケンジはミカを見つめた。

「おいしいじゃない。最高だよ。ビールって」

 

 ケンジはそれを一気に飲み干し、右手で口を拭った。

 

「やっと君も大人になった、ってわけだ」ミカは笑った。「抱いて、海棠くん。あたしを」

 ケンジは無言でミカの身体をそっと抱きしめた。そしてその夜初めて自らミカの唇を吸った。

「んんっ……」ミカは小さく呻いた。

 

 

 ベッドに全裸で横たわったミカの身体は、その弾けた性格からは想像できない程に白く、ふんわりとしているように見えた。ケンジはミカの身体にそっと自分の肌を重ねた。そしてまた静かにキスをした。

 

 ミカの体温、肌の甘い香り、腕を回して抱いた感触、そのどれもが妹マユミのそれにひどく似ていた。ケンジは喉元に熱い塊が上がってくる感じがして、動きを止めた。そしてゆっくりとミカから身体を離した。

 

「海棠くん……?」

「先輩……お、俺……」

 

 ミカは身体を起こして少し寂しそうに笑った。「下着、穿きなよ」

「え?」

「今夜は無理だね。ごめん。あたし、突っ走り過ぎた」ミカは脱いだショーツを手に取り、身に着けた。ブラもバストにあてて再びベッドに横になった。「話そうよ、海棠くん」

「そ、そうですね」ケンジも下着を身に着けて、ミカの横に仰向けになった。ミカはケンジの胸にそっと手を乗せた。

 

「マユミさんのことを思い出したんでしょ?」

「……はい。すみません」

「無理もないよ」

 

 少しの沈黙があった。

 

 ケンジが天井のシャンデリアを見つめながら口を開いた。「俺、ミカ先輩が好きです。だからさっき告白された時、とっても嬉しかったし、舞い上がるような気分でした」

「そう言ってくれると、救われるよ」

「マユと別れた後、先輩のお陰で俺、沈んでた気持ちを浮上させることができました。感謝してます」

「そうなの?」

「はい。先輩が親身になって俺のこと心配してくれたり、慰めてくれたりしたことで、俺も救われたんです」

「今思えば、下心ありありだったのかもね」

「そんなことないです」ケンジは顔を横に向けてミカの目を見つめた。「先輩は、純粋に俺のこと心配してくれてました。それは間違いないことですよ」

 ミカは微笑みながらケンジの目を見つめ返した。「ありがとう。海棠くん」

「お付き合いするからには、俺も真剣にいきます」

「そんなに力まなくても……」


「一年前は、本当に申し訳ありませんでした。ごめんなさい」ケンジは本当に申し訳なさそうな目をしてミカを見つめた。「あんなひどいことしちゃって……」

「全ー然平気。あたし逆に嬉しかったもん。あなたに抱かれて天国にいるような気分だった」

「だ、抱かれて、って……。あれ、ほとんどレイプじゃないですか……」

「大好きな人になら、何されても嬉しいもんだよ。それにあの時、あたし、思いっきり感じてたしね」

「だ、大好き、って……そんなに、俺のこと……」

「うん。あなたが大学に入ってきてから、水泳サークルで見た瞬間に墜ちた」ミカは笑った。「でも、あなたにはマユミさんがいた。だからずっと我慢してた」

「我慢……ですか……」

「マユミさんからはあなたを奪えない。そう思ったんだよ」

「自分勝手なこと言うようですけど、俺、今はミカ先輩が一番好きです。付き合いたい女性ナンバーワンです。でも、マユとの恋愛期間が長かったから、先輩を抱くのには、ちょっと勇気が必要です」

「わかるよ。でもさ、海棠くん、好きな女性にナンバーワンなんて順位をつける必要ないんじゃないの?」

「え?」

「あなたの妹さんを想う気持ちも一番、あたしを想ってくれる気持ちも一番。それじゃだめ?」

「え? それって二股がけじゃないですか」

「そうかな。マユミさんへの想いとあたしへの想いって、単純に比較できる? どっちか選べ、って同列に扱えるの?」

 

「そ、それは……」ケンジはミカから目をそらした。

 

「あたし、いいよ、それで。無理にマユミさんを忘れてしまえなんてあなたに要求しない。マユミさんの存在は、もうあなたの人格の一部になってる。双子でもあるしね。あたしそういう海棠くんを好きになったわけだし」

「それで、いいんですか? ミカ先輩は」

「いいよ。全然構わない」

 

 ケンジは安心したようにため息をついた。「すみません。気を遣ってもらっちゃって」

「そんな難しいこと論ずる以前に、あたしあなたがすっごく好き。純粋に。それで良くない?」

「そうですね。俺もとっても好きです。ミカ先輩が」ケンジはにっこりと笑った。

 

「海棠くんって、紳士なんだね」

「え?」

「だって、ラブホテルで、全裸のオンナを前にして、しかもアルコールが入っていれば、その相手が誰だろうと、たいていの男は我慢できずに最後までいっちゃうもんでしょ? 据え膳食わぬは何とやら」

「ごめんなさい。俺もセックスは人並みに大好きだし、先輩を無茶苦茶抱きたい気持ちです。でも、今日は、ちょっと……」

「こっちこそごめんね。告白したその日に、無理矢理こんなところに連れ込んじゃって。あたし淫乱女だって思われたかな」

「いえ。それは全然。先輩が俺のことを思ってやったくれたことですから。かえって感謝してます」

 

 ミカはケンジの顔をまじまじと見ながら言った。「ほんとに紳士だ。感動しさえする。あたしが今まで出会ったどんな男も足元に及ばないぐらい、超ジェントルマンだよ、海棠くん」

「……」ケンジは照れながら頭を掻いた。「あ、あの、」

「なに?」

「先輩とセックスするの、もう少し待ってもらってもいいですか?」

「もちろんいいよ。待つ。あなたが納得できたら、抱いて」

「すみません……。ちゃんとミカ先輩のことだけを想いながら一つになれるまで」ケンジはそっとミカの身体を抱いて、ブラジャー越しにその二つの胸に顔を埋めた。「待ってて下さい、先輩……」

 

「ふふ、年下って、やっぱりかわいいね」ミカは嬉しそうにケンジの頭をなで回した。「クリスマス、どこ行こうか」

 ケンジは上目遣いでミカの顔を見た。「先輩は、どこがいいですか?」

「居酒屋」

「即答しましたね」ケンジは吹きだした。

「気取らなくていいでしょ?」

「じゃあ、俺、それまでにビールちゃんと飲めるようになっときます」

「あたしが毎日持っていってやるよ。海棠くんの部屋に。下から」

「え? 毎日?」

「一緒に飲も」

「毎日ですか?」ケンジは困ったように、しかしひどく嬉しそうな顔で笑って、また彼女の胸に顔を埋めた。

 

2013,7,28 最終改訂脱稿

 

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 ・・・・・それから約1か月が経った1月のある日、ついにケンジとミカは身も心も熱く結ばれることに・・・(外伝集2 第3作「契りタイム」)。