Twin's Story 10 "Cherry Chocolate Time"

《2 実習》

 

 真雪の通う専門学校では、二年時の毎年十二月に現場実習が行われることになっていた。学校から電車で二時間程かかるところにある有名な水族館とその学校は契約しており、今年も12月8日の日曜日から一週間の日程で、泊まり込みの実習活動が行われることになった。

 

「やったー! あたしこの水族館で働いてみたかったんだ」ユウナがはしゃいだ。

「あんたイルカ好きだもんね」

「触らせてもらえるかな」

「三日目に、イルカの調教プログラムが入ってるよ、ほら」真雪がユウナに実習ノートを開いて見せた。

「よっしゃあっ!」ユウナはガッツポーズをした。

 

 

研修主任 板東 俊介

「僕が君たちの実習の責任者です。主任の板東と言います。どうぞよろしくお願いしますね」

 その板東と名乗った男性は、背が高く、笑顔が爽やかな男性だった。スーツの着こなしが堂に入っていて、清潔感が溢れていた。

「すてき」ユウナが言った。

「ユウナ、あんな男性が好み?」

「あんな人に誘惑されたら、彼氏がいても突っ走っちゃうかも」

「そんなに?」真雪は笑った。

 

 板東は真雪たち20人ほどの実習生が14日まで一週間、ここで過ごす全体の責任者だった。水族館のスタッフを仕切り、てきぱきと指示を出し、自らも身体を進んで動かす男だった。実習生の誰もがキレる男という印象を持つのに十分だった。

「ああいう人が本当に『デキる』人なんだよね」真雪が言った。

「うん。すっごく頼りがいがあるし、実際に頼れるよね、あんな上司だったら」

「35なんだって」

「ホントに? まだ20代でも通用しそう。あの甘いマスク……きっとモテるんだよね」

 

「ここが宿泊棟です。社員寮の一角です。ドアにそれぞれの名前札が貼ってありますので、確認して荷物を置いてきて下さい」例によって板東が過不足ない指示を出した。

 

 

 初日、さして大きな実習もなく。オリエンテーションと二つの講義で一日のプログラムを終えた。

 

 ユウナともう一人の友人リサと一緒に食堂で食事を済ませた後、真雪はシャワーを浴びた。部屋に戻ってきた時、軽い疲労感を覚えていた。彼女はバッグからケータイを取り出した。

 

「あ、龍から着信ありだ!」

 真雪は急いで短縮ダイヤルのボタンを押すと、ケータイを耳に当てた。

 

「龍!」

『真雪っ! ああ、やっと声が聴けた。どう、そっちは』

「うん。初日だからね、気疲れしちゃった」

『今日は早く寝なよ』

「うん。そうする。で、龍の方は?」

『今日さ、写真部の仲間と白鳥を撮りに行ったんだ』

「ほんとに? でも白鳥って言ったら……」

『そう、電車で30分かけて隣町の湖までね』

「へえ。で、いい写真が撮れた?」

『動物の写真って、難しいよ。俺、自分の腕の技量のなさに情けなくなったよ』

「そんなことないでしょ」

『でさ、その時カスミ先輩におにぎりもらっちゃった』

「え? カスミさんに? なんで?」

『俺が、行った先で腹減った、ってずっと言ってたからかな』

「もう、だめじゃん。先輩に迷惑掛けちゃ」

『カスミ先輩、俺が写真部に入ってから、何かと世話を焼いてくれてる、って言ったよね。俺にはすっごく親切なんだ。他のヤツにはそっけないくせにさ』

「……そうなの」

『ん? どうかした? 真雪』

「ううん、何でもない。明日からまた学校でしょ?」

『うん』

「授業にはついていってる?」

『もちろん。ちゃんと。でも今一番楽しいのは写真部だね。気の合う連中ばかりだし』

「……良かったね」

『カスミ先輩以外の先輩たちもみんな優しくしてくれる。真雪も実習がんばってね』

「う、うん。がんばる。龍も、しばらく会えないけど、我慢してね」

『わかった』龍はそれだけ言うと通話を切った。

 真雪はケータイを閉じて、一つため息をついた。

 

 

 二日目の実習で、実習生はマンツーマンでペンギンやイルカなどに与える餌の調合の仕方を教わった。真雪には主任の板東がつきっきりで指導した。彼は優しく彼女にいろいろなことを教え、実際にやらせてみては褒めた。真雪はその日とても充実した気持ちで夜のシャワーを浴びた。

 

 部屋にはすでにシャワーを済ませたユウナが待っていた。

「いいなー、真雪、板東主任に一日くっついていられて」彼女はパック入りのカフェオレのストローを咥えた。

「教え方がすっごく上手なんだよ、板東主任」

「そうでしょうね。そう見えるもん」

「自信がついた。動物を相手にする仕事に就く」

「で、他に何か言われた? 主任に」

「『君はなかなか筋がいい。今度ゆっくり話したいね』って言われた」

「いいなー! 将来あんな人と不倫したい、あたし」ユウナが言った。

「結婚もまだなのに、不倫のこと考えるなんておかしいよ」真雪が笑った。

「あんたはどうなの?」

「え?」

「板東主任と不倫したい、って思わない?」

「ふ、不倫じゃないでしょ、あたしたちまだ独身なんだし」

「龍くんがいるじゃん。あんたには」

「大丈夫。龍そっちのけでついていったりしないよ。あたし」

「そりゃそうだよね。ごめん、わかりきったことだった」

 

 

 その晩、ベッドに入り、灯りを消した真雪は、冬だというのに自分の身体がやけに熱く火照っているのに少し狼狽した。そしてなかなか寝付かれず、何度も寝返りをうった。

 幾度となく身体の向きを変えていた真雪も、夜が更けてうとうとと眠り始めた。

 

 ――遠くで龍がこっちに向かって手を振っている。真雪も同じように手を振りながら龍のいる方に駆け出した。しかし、なかなか彼に近づけなかった。いつの間にか彼の横に制服姿の女の子が立っていた。その子は龍におにぎりを手渡した。龍は笑顔でそれを受け取った。そして龍は彼女の肩に手をかけ、真雪に背を向けてその子と二人で歩き出した。真雪はその場に立ちすくみ、去って行く二人の後ろ姿を見続けた。

 

 

 三日目の実習はイルカの調教だった。数人いる実習生の中から代表で真雪が板東に呼び出され、ウェットスーツに着替えさせられた上に、イルカと一緒にプールの中に入らされた。

 

「いいなー、真雪」ユウナがプールサイドに座り込んで羨ましそうに言った。

 

 イルカのプールでは、イルカへの接し方を板東が直接手を取って教えた。残りの実習生はそれをプールの上から見ているだけだった。真雪と同じようにウェットスーツ姿の板東は、真雪の身体を支えながら、イルカとのふれあい方を教えた。彼の手が時々、真雪の背中や脚に触れた。ウェットスーツ越しのその感触が真雪の身体を少しずつ熱くした。

 

 

 その晩、真雪は龍に電話を掛けた。どれだけ呼び出しても彼は出なかった。着信履歴を見ればすぐに掛け直すだろう、と真雪は思って、そのままシャワーを浴びに行った。

 

 シャワーから帰ってケータイを見た。龍からの着信があった形跡はなかった。真雪はつまらなそうにベッドに仰向けになった。昨日と同じように、自分の身体が熱くなっていた。しかも、昨日は感じなかった下腹部の疼きを今日は伴っていた。真雪は昼間の実習を思い出していた。板東の手の感触が、まだ背中や脚や、胸に残っている。真雪の手は、自然と自分の股間に伸びていた。

 

 

 四日目の実習が終わり、宿泊棟に戻ろうとする真雪を、板東が呼び止めた。「シンプソンさん」

 

「は、はい?」

 

 板東は真雪に近づいた。そしてごく自然にその手を取った。「今夜、食事をごちそうしましょう。美味しい店を知ってるんです。いかがですか?」

 

 真雪は思わず辺りを見回した。

 

「別に食事をするだけですよ」板東は笑った。

「い、いいんですか? 主任」

「もちろん。貴女とはいろいろとお話ししたいこともあったし」板東はまた笑顔を作った。真雪の鼓動が速くなり始めた。

 

 

 板東は真雪を連れて水族館の正面玄関を出た。そしてまっすぐ歩いた。

「すぐそこです。しばらく行くと、川を渡るでしょう? その先、まっすぐ行ったところに、僕の行きつけのイタリアレストランがあるんです」

「あ、あの、主任、どうしてあたしを誘って下さったんですか?」

「貴女が気に入ったからです」

「え?」

「それだけです」板東は正面を向いたまま言った。

 

 

 そのレストランはとても高級そうな雰囲気に思えた。真雪は入り口の前で足がすくんだ。

「大丈夫。見た目以上にカジュアルなんです」板東が言った。「遠慮しないで下さい。さあ」

 

 板東に背中を押され、真雪は中に入った。

 

「お待ちしておりました、板東様」すぐにウェイターが出てきて二人を奥に案内した。「いつもの席でよろしいですか?」

「いいよ」

 

 店の一番奥の暖炉際のテーブルに二人は落ち着いた。

 

 暖炉が燃えていた。真雪はかつて龍が自分の写真を自宅で撮ってくれたことを思い出していた。それは暖炉の前で裸になって撮った、一連のヌード写真だった。撮影の後、龍は真雪を優しく抱き、そのままなだれ込むように二人は真雪の部屋でお互いの身体を求め合ったのだった。真雪はその晩のことを思い出し、胸を熱くした。

 

「真雪さんは、もう今年の誕生日、終わりましたか?」

 板東の声に真雪ははっと我に返った。

「は、はい。丁度先週でした」

「ほう、先週でしたか」

「はい」

「それじゃあ、今からお祝いしてあげましょう」

「え?」

 板東は手を上げてウェイターを呼ぶと、何やら小声で話しかけた。「かしこまりました」ウェイターはそう言って、真雪の方を向き、にっこりと微笑んでそこを去った。

「二十歳になった、ということでしょう?」

「そ、そうですね」

 板東はテーブルに置いてあった二つの水の入ったグラスを脇にどけた。

 

 間もなくウェイターが赤ワインのボトルと小さなショートケーキを運んできた。

「え? しゅ、主任、あの……」

「二十歳になったんでしょう? もう飲めるじゃないですか」

 

 ウェイターによって抜かれ、手渡されたコルクを板東は受け取り、自分の鼻に近づけた。そうして、ウェイターに軽くうなずいた。ウェイターは手に持ったボトルから二つのワイングラスにそのワインを注いだ。

「大丈夫。無理はさせません。安心して下さい」板東は笑った。

 

 血のように赤いワインの入ったグラスが目の前に置かれた。真雪は板東を見た。彼はにこにこ笑いながら、両手で顎を支えて言った。「初めてですか? 真雪さん」

 

 その言葉は、真雪の胸の深いところにしみこんだ。

 

「……はい」

 

 板東は自分のグラスを持ち上げた。「さあ、乾杯しましょう。貴女の二十歳のお祝いに」

 真雪は恐る恐るグラスを手に取った。

「貴女のこれからの人生が素敵なものでありますように」板東はそう言って、グラスを目の高さまで上げてから、口に運んだ。躊躇している真雪を見て、板東は言った。

「さあ、乾杯ですから、飲んで下さい、真雪さん」

 

 真雪は少しだけワインを口に入れた。酸っぱくて渋い、としか思えなかった。

 

「お口に合いませんか?」

「ご、ごめんなさい、主任。あたし、ちょっと……」真雪はテーブルにグラスを置いた。

「いきなりワインは早すぎたかな」板東は頭を掻いた。そしてすぐに手を上げ、またウェイターを呼んだ。

「甘いお酒がいいでしょう?」

「しゅ、主任、も、もう結構ですあ、あたし、お水で十分ですから」

「せっかく貴女の誕生日をお祝いしているんです。遠慮しちゃだめ」

 

 ウェイターによって運ばれてきたのはピンク色のカクテルだった。

「それなら大丈夫です。飲んでみて下さい」

「すみません、気を遣っていただいて……」真雪はグラスを手に取り、口に運んだ。とろけるような甘い味とチェリーの強い香りがした。その香りは口の中から身体中に広がっていき、真雪の全身に染み渡った。。

「どうですか?」

「これなら、大丈夫みたい……」

「それは良かった」板東は満足したように端正な顔をほころばせ、ワインをまた一口飲んだ。

 

 

「あれ、主任、食べないんですか? そのオードブル」

「ああ、これね」

「とっても美味しいですよ」

「僕はメインディッシュさえ味わえればいい。ここの肉料理は最高なんだよ」

「そうなんですか……」

 板東の前に置かれたスープにもサラダにも手が着けられていなかった。

 

 

 食事が済み、食後のコーヒーが運ばれてきた時、板東は言った。

「真雪さん、彼氏はいるんですか?」

「え?」

「お付き合いしている人、いるんですか?」

「は、はい。一応……」

「そうですか。同級生?」

「い、いえ、年下です」

「ほう。それはとても幸運な彼だ」

「え?」

「『年上の女房は、金の草鞋(わらじ)を履いてでも捜せ』って言うじゃありませんか」

「そうなんですね……」真雪はうつむいた。龍の笑顔が一瞬、真雪の脳裏に浮かんで、すぐ消えた。

「出ましょうか。遅くなってしまった」板東は真雪の反応も訊かず、椅子から立ち上がった。「ここは僕が持ちますから」

「そ、そんな! それはだめです。あたし、ちゃんとお金持ってますから」

「僕が貴女を誘ったんですから」

「そ、それは……」

「真雪さん、」板東は真雪の肩にそっと手を置いて低い声で言った。「男に恥をかかせるもんじゃありません」

「でも……」

「大丈夫です。大人になったとは言え、貴女はまだ学生の身だ。僕に任せて下さい」

 

 板東は支払いを済ませると、ドアを開けて真雪を促した。「こんなことで貴女に借りを作らせる気はありませんよ」

 

 

 板東と真雪は並んで水族館への道をたどり始めた。

 真雪の足下はふらついていた。彼女の目に映った街灯の白い光はぼやけ、ゆらゆらと遠くをさまよった。

 

「少し飲み過ぎましたか?」

「何だか、身体が熱いです」

「初めてのお酒でしたからね」

「調子に乗って飲んでたら、何だか……」 

 

 板東は真雪の肩に手を置いた。真雪は板東に身を寄せながら歩いた。

 

「寒くないですか?」板東が肩に置いた手に力を込めた。

「大丈夫。大丈夫です」

 

 二人は橋の手前の交差点を右に折れた。そうやってしばらく川沿いを歩いているうちに、真雪は気づいた。「え?」

 

 真雪は立ち止まった。板東も立ち止まった。しかし真雪の肩に置いた手はそのままだった。

 

「どうしました?」

「水族館はこっちじゃなくて……」

 そこまで言った時だった。いきなり板東は真雪の両肩を掴んで身体を自分の方に向けると、自分の唇を真雪のそれに重ねた。真雪は驚いて目を見開いたが、板東の唇の柔らかな感触が、何故か彼女に抵抗する手段を選ばせなかった。板東は口を離さなかった。いつしか真雪は目を閉じ、板東の舌が自分の口の中に静かに入り込んでくるのを味わい始めた。

 

 板東がようやく口を離して、彼女の耳元で囁いた。「さっきのお酒よりも、もっと甘い時間を過ごしませんか?」

 

 真雪は小さく、こくんとうなずいた。

 

 

 ベッドに仰向けになった真雪は、自分の身体が一昨日よりも、昨日よりも熱くなっているのを感じていた。落とされた琥珀色の照明が、服を脱ぎ始めた男の影をベッドに落とした。天井の大きな鏡が、下着だけになった自分の全身とそれにまつわりつく男の黒い影をそのまま映している。真雪はそれを凝視していた。

 

 やがて板東が静かに真雪の身体に覆い被さってきた。「大丈夫ですか? 真雪さん」

「……はい」

 板東はまた唇を重ねてきた。真雪は少しだけ口を開き、ため息をついた。

「きれいだ。真雪さん。貴女は僕の理想の女性に近い」そしてまた唇を重ねた。「んんっ……」真雪は小さな呻き声を上げた。板東はすぐに口を離した。

 

「大人っぽいランジェリーですね」

 真雪は誕生日に合わせて買った黒のショーツとブラを身につけていた。

「僕を誘ってるみたいだ……」

 板東はブラのフロントにあるホックを外し、肩紐に手を掛けてそれを真雪の背中から抜いた。

「フロントホックは便利でいいですね。すぐに脱がせることができる」しかし板東は露わになった真雪の乳房を触りもしなかった。

 

 板東は少し焦ったように真雪のショーツに手を掛け、下ろし始めた。真雪の身体はますます熱くなっていく。しばらくして彼女はうっすらと目を開けた。天井の鏡に、全裸にされた自分の秘部に顔を埋めた板東の姿が映っていた。

 

「あ、あああ……」真雪は谷間に沿って細かく動かされる板東の舌の感触に、思わず声を上げた。板東はその動きをだんだんと速く、大きくしていった。「あ、だ、だめ、か、感じる、あたし、あああああ」

 

「我慢せずにイってもいいですよ。真雪さん」板東は一度口を離してそう言うと、再び舌を彼女の敏感になった谷間に這わせた。そして彼は二本の指を谷間に挿入させ、大きく出し入れし始めた。真雪は鈍い痛みを中に感じていたが、それと同じぐらいの快感も湧き上がっていた。「あ、あああ! イ、イきそう! あたし、もうイきそうっ!」

 

 しかし、真雪があと少しで登り詰めるといったところで、板東はその行為をやめた。真雪の身体の中の燃え残った埋み火のようなものが、ゆらゆらと怪しい炎を上げて彼女の身体の中を焼き焦がし始めた。

 

 はあはあはあはあ……。肩で息をしている真雪の横に座り、顔をのぞき込みながら板東は言った。「イっちゃったんだね。感じやすいね、真雪さん」そしてふふっと笑った。「かわいいな」

 

 

「今度は僕をイかせてくれる?」板東はそう言って下着を脱ぎ去った。鋭くいきり立ったペニスが現れた。

 

 板東は真雪をベッドの端に座らせた。そしてその前に仁王立ちになり、反り返ったペニスを手で真雪の口に向けた。

「さあ、咥えて。僕を気持ち良くさせて」

 

 真雪は目を閉じ、ゆっくりとそれを咥えた。板東は静かに腰を前後に動かし始めた。真雪はいつしか両手で自分の口に挿し込まれたものの根元を掴み、口を前後に動かし始めた。

 

「ああ、いいね。なかなか大胆だ。真雪。いつも彼のをそうしているのかな?」

 板東のペニスはいつしか真雪の唾液でぬるぬるになっていた。頭がくらくらして、目眩に翻弄されそうになり、真雪は固く目を閉じ、無我夢中でその行為を続けた。

 

「んっ! くっ!」板東が呻いた。前触れもなく、どろりとしたなま暖かいものが真雪の口に放出され始めた。真雪は動きを止めた。顎に力が入らず、だらしなく口を開いたまま、中に出される板東の精液をだらだらとその唇から垂らし続けた。

 

「ぐふっ! げほっ!」精液が喉に流れ込みそうになり、真雪はひどくむせ返った。

 板東はペニスを真雪の口から抜き、彼女の頭を撫でながら言った。「気持ち良かったよ。君のフェラチオは今までの中でもトップ三に入る気持ち良さだった」

 

 

 真雪はまだ苦しそうに咳き込んでいた。前屈みになって彼女は口の中のものを全部、残らず吐き出した。そして右手で乱暴に口元を拭い、ばたんとまた仰向けにベッドに倒れ込んだ。身体の熱さは収まっていなかった。

 

「さあ、それじゃあ、お互いに甘い時間を分かち合おう」板東はそう言って真雪の両脚に手を掛けた。そして大きく開かせた。「やっぱり若いコを相手にすると興奮する。ほら、見てご覧、真雪」

 板東はたった今射精したばかりのペニスを掴んで真雪に見せびらかした。それはすでに大きさを取り戻し、びくびくと脈動を始めていた。

「さあ、今度は下の口に出してあげようかな」板東はそう言って広げられた脚を抱え、真雪の秘部にためらうことなくペニスを埋め込み始めた。「い、いやっ!」真雪は大きく叫んだ。しかし身体にはもう、何をする力も残っていなかった。たださっきよりもさらに燃えるような熱さになっていて、全身が張り詰めた破裂寸前のゴム風船のように敏感な状態が続いていた。

 

「感じるかい? 真雪」

「あああ、熱い、熱いっ!」

「いいコだ。そのままいつでもイっていいよ」板東は激しく腰を動かした。しかし、さすがに二度目の射精までには時間がかかった。「くっ!」板東は少し焦りながら腰を動かした。いつしか彼の肩や背中に汗の粒が光り始めたことを、真雪は天井に映った姿で知った。

 

 力なく寝かされた自分の身体に、妻子ある男が全裸でのしかかり、腰を激しく動かしている。真雪の身体は、その動きを受け止め、上下に揺すられていた。それは真雪自身が自ら動いているわけではなく、板東に貫かれ、その乱暴な身体の動きに合わせてただ機械的に動かされているだけだった。やみくもにこすられる痛みを秘部に感じ始めていたが、興奮の渦はいたずらに真雪の身体中を駆け巡っていた。鼓動も速く、息も荒く、激しくなっていく。ただ、それにも関わらず真雪の虚ろに開かれた眼は、鏡に映ったその光景を冷静に観察していた。まるで彼女の心と身体が分離しているかのように。

 

 永遠とも思えるほどの長い時間が経ち、それまで呻いたり喘いだりしていた板東がやっと言葉を発した。「イ、イくよ、イくっ!」

「だ、だめ……あああ……」真雪は小さく声を発した。

 

 

 板東の二度目の射精はすぐに終わったが、真雪は今までと違うものを何も感じることができなかった。ただ燃えるような身体の熱さはずっと同じ温度で続いていた。

 

 やがて板東の身体は、そのまま力なく真雪に倒れ込んだ。真雪はそのただ重いだけの板東の身体に押しつけられて、苦しそうに息をした。真雪の身体の火照りが、波が引くように一気に冷めていった。そして身体の芯だけに熱が残った。それは炎の消えた暖炉の中に残った熾(おき)のように赤黒く妖しく熱を発し続けた。秘部の痛みも残ったままだった。

 

 風邪をひいて寝込んでいる時と同じような症状だと真雪は思った。彼女は暗く、深い闇の中にひとり佇んでいるような孤独感に苛まれた。

 

 夜明け前に板東と二人で社員寮に戻った真雪は、自分の部屋で着替えを済ませ、何事もなかったかのようにその日の実習に参加した。板東も昨夜のことなど何も知らないようなそぶりで実習を指示し、監督した。

 

「どうかしたの? 真雪」ユウナが声を掛けた。

「え? 何が?」

「何だか元気ないよ」

「ちょ、ちょっと疲れてるのかもね」

「実習あと三日だよ。がんばろ」

「うん」

 

 

 その夜、真雪の部屋がノックされた。ドアを開けた真雪の目の前に板東が立っていた。

「昨日はどうもありがとう。すごく素敵な夜だったよ」

「はい……」真雪はうつむいた。

「食事は済んだ?」

「はい。食堂で食べました」

「僕の部屋に、おいで」

 

 板東のその低い声は呪文のようにまた真雪の身体を熱くし始めた。真雪はドアを閉め、板東の後について歩いた。

 

 

「うううう、ううっ……」真雪は身体を硬直させて呻いた。

 

「も、もうすぐ!」板東の腰の動きが激しくなった。「出すよ!」

 

「ああっ! いやっ! だ、だめっ! な、中は……」真雪は叫び、上になった板東の胸に両手を当て、押しやった。しかし、板東は真雪の両脚を抱え上げ、容赦なく自分のものを真雪の奥深くまで押し込んだ。

 

「い、いや……」真雪は顔を背け、力無く声を発した。

 

 うっ! 板東の動きが止まり、同時に男の欲望の迸りが、真雪の身体の奥深くで弾けた。

 

 個室の狭いベッドで板東は真雪に身体を押し付け、はあはあと荒い息を繰り返しながら重なった。真雪は板東から顔を背け、表情を失ったまま目をつぶっていた。始めから終わりまで、彼女はやはり何も感じることができなかった。快感も安心感も温かさも……。嫌悪感さえ。

 

「今夜も良かったよ、真雪」板東は真雪の髪を優しく撫でた。「ところで、真雪は、セックスの時、相手の名前を呼ばないんだね」

「……主任こそ」

「彼のことを想像しながらイってもいいんだよ」

「…………」

「それとも、彼のこと、もう忘れちゃう?」

「…………」

 

★この二日目の出来事について、真雪自身が語った独白があります(こちら→

 

 明くる日の晩も、板東は真雪を自分の部屋に連れ込んだ。中に入る時、その男はドアの前で躊躇していた真雪の腕を掴み、引き入れてドアを閉めた。それまでよりも随分強引なやり方だった。

 

 真雪は下着姿で、湿ったようにひんやりとしたベッドに寝かされた。彼女は部屋に入ってから、何一つ言葉を口に出していなかった。板東が何を訊いても返事すらせず、生気を失った瞳でただ白い天井をぼんやりと見ているだけだった。

 

 板東は前の日の晩と同じように、自分だけさっさと着衣を脱ぎ去り、全裸になった。

 

「明日で実習、終わりだけど、また会ってあげるよ。真雪」板東は真雪の脚にざらついた自分のそれを絡ませながら、低い声でゆっくりと言った。真雪にはその男の声は、もはや乾いた、無機質なものとしか感じられなくなっていた。

「…………」

「僕の携帯番号、知ってたよね。アドレスも。呼べばいつでも君を抱きに行って、イかせてあげるから。僕もいっぱいイかせてもらうけどね」ふふっと笑って板東は真雪のブラに手をかけた。「今日もフロントホックだね。助かるよ」

 

 ホックはすぐに外され、真雪の乳房が解放された。板東は、露わになったそのふたつの膨らみを見つめた。

 

 真雪は小さく震えながら目を閉じ、息を止めた。

 

「よく見るとかぶりつきたくなるような豊満なおっぱいだね。今夜は、ここも可愛がってあげようかな」板東がにやにや笑いながらそう言って右の乳首に指を触れさせた途端!

 

 「龍っ!」真雪は小さく叫び、胸を両手で押さえてかっと目を見開いた。そして出し抜けに起き上がり、板東の手を払いのけて身を離し、ベッドを降りた。

 

「真雪、どうしたんだい? いきなり……」

 真雪は脱いだ衣服を焦ったように身につけ始めた。

「もう部屋に戻るのかい? 僕はまだ真雪のカラダを味わっていないよ」板東はベッドの上から戸惑ったように言った。

 

 真雪は手を休めることなく、元着ていたスウェットで自分の肌を覆い隠していった。

 

「君も気持ち良くなりたいだろう? 真雪」

「板東主任、」ようやく真雪が、それでも小さく口を開いた。

「何だい? 真雪」

 服を着終わった真雪は板東から顔を背けて力なく言った「お願いです……。あたしの名前は、もう口にしないで下さい」

「え?」

「あたしのことは、もう思い出さないで!」真雪は叫んだ。「もう二度と!」

 

「真雪?」ベッドから降りた全裸の板東は真雪の肩にそっと手を置いた。「やめてっ! 触らないで!」真雪はその男の手を振り払った。

「あたしは今後、あなたとお会いすることはありません! 絶対に!」彼女は涙ぐんだ目で板東の顔を睨み付け、言い放った。

「そんなこと言わずに。ほら、甘い時間を、」

「さよならっ!」

 ばんっ! 真雪はドアを閉めて出て行った。

 

 

 真雪は自分の部屋のドアを焦ったように開けて中に駆け込んだ。

 

 人がいた。

「えっ?!」真雪は小さく叫んだ。

 

 それはユウナだった。

 

「真雪っ!」振り向きざまにユウナは真雪の頬を平手で力任せに殴った。ばしっ!乾いた音が部屋中に響いた。

「あんた! 何てことしてるのよ!」

 

 

 真雪は大きく目を見開いて、ユウナに殴られ赤くなった左頬を押さえた。

 

「自分が何やってるか、わかってるの?!」

「ば、ばれちゃったんだ……」

「なに軽く言ってるのよ!」

「……ユウナには迷惑なんかかけてないじゃん」

「かけてる! あたしがどんだけあんたのこと心配してるか、わからない?! それにっ、」

 

 ユウナは真雪の両肩を強く掴み、激しく揺さぶった。「龍くんに、龍くんに対して何とも思わないの? 真雪っ!」

 

「……」

「あんたのやってることは裏切りだよ、裏切り!」

「……知ってる……」

「だったらどうしてこんなことしてるのよ!」

「……あたしにも、よくわからない……」そして真雪は顔を上げて、きっとユウナの目を見据えた。「よくわからなかったんだよ、自分にだってっ!」大粒の涙が真雪の大きな目からぼろぼろとこぼれ始めた。

 

 

 真雪はユウナの手を振り払い、ベッドに突っ伏した。「龍、龍、龍! 龍龍龍っ! !」真雪は泣きわめいた。

「真雪……」ユウナはベッド脇にしゃがみ、真雪の背中をさすった。いきなり真雪は自分のバッグからケータイを取り出し、乱暴に床に投げ捨てた。

 

「ま、真雪……」ユウナは床に落ちた真雪のケータイを取り上げた。真雪はユウナに抱きついた。

「許して! 龍! あたしを許してっ! 龍、龍龍龍龍っ! 龍、龍! あああああああーっ!」

 

 そして龍の名を何度も何度も大声で呼びながら激しく泣き叫び続けた。

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★この明くる日、水族館での実習最終日、ユウナともう一人の真雪の友人リサは、落ち込む真雪のために、彼女を手籠めにし、身体を弄んだ板東に天誅を下すために一肌脱ぎます。→「Twin's Story 外伝 "天誅タイム"」

★この出来事は、真雪の心に痛みを伴う傷となってかなり長い間残ります。10年後、真雪のその傷を取り除くために、パートナーの龍があることを提案します。→「Twin's Story 外伝第2集第12話"夫婦交換タイム"」

★真雪は龍と結婚する一月ほど前に、この自分の『過ち』を回想する手記を書き残しています。→「真雪の独白~二日目の夜」