Twin's Story 8 "Marron Chocolate Time"

《2 夏輝と修平》

 

 次の土曜日。朝から修平と夏輝は街を二人で肩を並べて歩いていた。県大会の剣道の試合では、修平が主将を務める剣道部は団体戦でも個人戦でも優勝していて、今はブロック大会に向けて練習に励んでいる最中だったが、この日だけ、奇跡的に半日の休みが取れたのだった。

 夏輝は胸元の大きく開いた、ぴったりとした水色のTシャツに花柄のミニスカート、修平はカーキ色のハーフパンツに黒いTシャツ姿だった。

 

「なんで俺がおまえとつき合わなきゃなんねえんだよ!」修平はミニスカートから長く伸びた夏輝の脚をじろじろ見ながら言った。

「何よ、その言い方! あんたOKしたじゃない、学食で。どこ見てんのよ、スケベっ!」

「OK? し、したよ。したけど、よく考えたら、お、おまえと何すればいいか、わかんねえんだよ。俺」

「こういうのを『デート』って言うのっ。こうやって一緒に歩くだけで幸せなんだよ、あたしっ!」

「そうかよ。金がかからなくて便利だな」

「そうじゃないでしょっ! いやらしい目であたしの太ももばっか見てないで、も、もっとこう、肩を抱くなり、手を繋ぐなりできないかなっ!」

「わ、悪かったよ! 知らねえんだよ! デ、デ、デートのやり方なんてっ!」

 

「あのう……」歩く二人のすぐ後ろから声がした。「どうして私、あなたたちのデートにつき合わなければならないのかな?」

 それは春菜だった。

 

 記念すべき修平と夏輝の初デートの日取りが決まった途端、春菜はそれぞれから一緒に来てくれるように頼まれたのだった。真雪も頼まれたらしいが、即刻拒否したらしかった。当然だ。

 

「デートって、普通は二人きりで楽しむものじゃないの?」

「いいからいいから、」修平が言った。

「ずっとそこにいてね、春菜」夏輝も言った。

 春菜は大きなため息をついた。「来週デザイン検定があるのに……」

 

 道路を渡るために、横断歩道の前で信号待ちをしている時、修平が出し抜けに大声を出した。「そっ! そうだっ!」

 びくっ! 夏輝と春菜は驚いて修平を見た。

「な、何よ、大声出さないでよっ! びっくりするでしょっ!」夏輝が言った。

「『海棠スイミング』に言ってみようぜ」

「え?」

「ケンタに会いに行こうぜ」

「な、なんで急に……」

「どうせ暇だろ?」

「それはちょっとまずいんじゃないかな……」春菜がつぶやいた。「シンプソン君に見せつけに行くようなもんだよ……」

 

 

 しかし結局、街の中心部にほど近い場所にある『海棠スイミングスクール』を三人は訪ねてしまった。

 

「あ、ケンちゃんだ!」夏輝が叫んだ。三人はプールを見下ろす観覧席に来ていた。丁度健太郎のクラスが終了した時刻だった。健太郎はまだプールサイドにいて何人かと話している。その中には彼のいとこ海棠 龍もいた。

「龍くん逞しくなったよね」夏輝が言った。

「そうだな。ケンタにそっくりになってきたよな」修平も言った。

「誰なの?」春菜が訊いた。

「ケンタと真雪の母ちゃんの双子の兄、ほら、あそこに立ってるかっこいい男の人。ケンジさんって言うんだけど、その一人息子、つまりケンタのいとこ、海棠 龍。今中二だ」

「そうなの……」春菜は眼鏡を押さえて、その龍という少年に目を向けた。

「ケンジさんもミカさんも水泳のエキスパートだかんな。息子には水の聖獣の名前をつけたってわけだ」

 夏輝がにこにこしながら言った。「名前はかっこいいけど、まだかわいいよね、龍くん」

 

 プールサイドにインストラクターの男女のペアが並んで立っていた。二人ともぴったりとした競泳用の水着を身につけている。

 

「相変わらずミカ先生って、ナイスバディだよなー」修平が言った。「俺、あんな人を抱きてーなー」

「いやらしいヤツっ!」夏輝が吐き捨てるように言った。そう言いながら、彼女はミカの隣に立っているすらりと背の高い、見事にバランスの良い筋肉のインストラクター、ケンジに目が釘付けになっていた。

「おい、……おい夏輝!」修平が言った。

「え? な、何?」

「ケンタがこっちくるぞ。俺たちに気づいたらしい」

 

 

 プールのすぐ脇にあるジムの入り口の前で三人は健太郎と話した。

 

「何しに来たんだよ。おまえらデート中だろ?」健太郎が水着のまま、髪をタオルで拭きながら言った。「それに、なんで春菜さんまで。おまえら彼女を無理矢理連れてきたんだな」

 春菜は無言で大きくうなずいた。

「だ、だってさ、俺、デートなんてやったことねえし、どうしたらいいかわかんねえよ」

「いや、理由になってないから」健太郎は春菜を見た。「迷惑だよね、春菜さんも」

「う、うん。迷惑。とっても迷惑」春菜は少し赤くなって言った。

「ほらみろ」

 

 健太郎と修平、夏輝がわいわい話している間、春菜は初めて見る健太郎の裸体から目が離せずにいた。筋肉質だが柔らかそうな胸、ヒップ、腹部、しなやかですらりとした長い脚、そして水着の膨らみ……。健太郎の身体のパーツはどれも美しかった。まるで躍動的なギリシャの彫刻のように、健太郎の体つきは、春菜の中で完璧で理想的なプロポーションとして記憶に焼き付いたのだった。

 

 

 その夜、春菜は昼間見た健太郎の身体を思い出しながら、スケッチブックに何枚もその裸身を描いた。正面の立位、後ろ姿、膝を抱えて座った側面からの姿……。春菜の手からつぎつぎに彼女の頭の中で想像された健太郎の美しい身体が平面の紙の上に具現され続けた。

 

 

 7月中旬。高校総体のブロック大会。夏輝と春菜は、揃って朝から剣道会場の県立武道館に行った。そこは、応援の人でごった返していた。

 

「良かったね、剣道のブロック大会がうちの県であって」春菜が言った。

「こんなのいや」夏輝が言った。「むさ苦しすぎ!」

「そんなこと言っても、ここで天道君たちの試合があるんでしょ?」

「そうだけど。あたし修平さえ見られればそれでいいのに、何この人だかり」

 

 夏輝と春菜はその人混みをかき分けながら、二階の応援席へと上がっていった。

 自分の高校の生徒や剣道部の保護者がたくさん集まっている場所を敢えて避けて、二人は比較的知り合いの少ない場所に陣取った。その武道場は広く、フロアには4面の試合エリアが設けられていた。

 

「あっちの場所だね、あたしたちの学校が試合するの」夏輝がフロアの一画を指さした。

「そうみたいね」

「まだ始まらないのかなあ・・・・」夏輝は口を尖らせて腕時計に目をやった。

 その時、春菜が小さく叫んだ。「あ、シンプソン君」

「え? ケンちゃん来てるの?」夏輝は思わず顔を上げた。

「ほら、あそこに」

 春菜が指さした所に、健太郎と真雪、それに龍もいた。そこは学校の生徒や保護者が山程たまっている場所のすぐ近くだった。

「真雪も龍くんもいるじゃん」

「そうだね」

「龍くんカメラ持ってる」

「ほんとだ」

「修平を撮ってくれるのかな」夏輝は春菜の顔を見て息を弾ませた。

「きっとそうだよ」

「やだ、期待しちゃう。後で写真もらお」

 夏輝は再びその三人に目を向けた。「それはそうと最近、真雪、可愛くなったよね」

「私もそう思う」

「彼氏でもできたのかなあ」

 

 春菜の顔が少しだけ赤くなっていた。夏輝はそれを見逃さなかった。

 

「あれ? どうしたの? 春菜。赤くなっちゃって」

「え?」

「何、あんたにも好きな人ができた?」

「え?」

「だとすれば・・・・、もしかして、龍くん? ケンちゃん?」

「え?」

 

 春菜は『え?』しか言葉を発していなかったが、その視線と動揺の仕方で、夏輝は全てを理解した。

 

「そーかー。いい人だよ、ケンちゃん。あたしからもお薦めする。真雪の双子の兄だし、誠実だし、優しいし、シャイだし。あれは絶対女のコを泣かせたりしないタイプだね。間違いないよ。あれにしなよ、春菜」 

「あ、あれにしなよ、って・・・・」春菜はますます赤くなった。「そ、そんな都合良くいくわけ……」

「でもさ、彼とはあんまり話、したことないんでしょ? どうして好きになったの? 何かあった?」

「べ、別に何も・・・・」春菜はスイミング・スクールで見た健太郎の美しく均整のとれた裸体を思い浮かべて、さらに赤くなった。

「真っ赤だよ、春菜」

 

 春菜は自分の両頬を手で押さえた。

 

「あ、始まりそうだよ」

 今、赤いたすきを背中に垂らした修平を大将とする五人と、白いたすきの相手校の五人が向かい合って礼をしたところだった。

「修平、がんばって!」夏輝は両手をメガホンにして叫んだ。

 

 

 修平たちのチームは、先鋒が負け、次鋒も負け、中堅は勝ったが副将は負けた。勝敗は大将戦を待たずに決まっていた。しかし、その最後の闘いに挑む修平の周りには、何か、近づくものを跳ね返すような鋭く熱いオーラが取り巻いていた。

 

「す、すごい気迫……」春菜がつぶやいた。 

「かっこいい……」夏輝もうっとりとした声で言った。

 

 大将戦は、さすがになかなか勝負がつかなかった。審判の旗はついに一度も上がらず制限時間が過ぎ、試合は延長時間に入った。修平は突然相手から身を引き、ゆっくりと下段の構えをとって身体の動きを止めた。相手の持つ竹刀は、荒い息に合わせてその切っ先が上下に大きく揺れていたが、対する修平は、まるで凍り付いたように身動き一つしていなかった。

 応援席の声が、潮が引くように静まっていった。そして会場全体が全くの無音の状態になったのと同時に、修平の身体が跳ね上がり、一瞬のうちにその竹刀は相手の面の頭上ど真ん中に命中した。

 

 パアーン! 「めーんっ!」修平の声だけが会場に響き渡った。

 

 為す術もなく呆然としている相手選手のすぐ横を、修平がつま先立って駆け抜ける瞬間に、三人の審判の赤旗が、同時にさっと上げられた。

 わあっ! すさまじいばかりの歓声が会場を包み込んだ。

 

「やったーっ!」夏輝も歓声を上げて飛び跳ねた。「すごいっ! すごいすごいっ! さすがあたしの修平。かっこいー!」

 隣の春菜は少し涙ぐんでいた。「なんて洗練された世界……武道も芸術なのね……」

 修平は下がって竹刀を収め、立ち上がり背筋を伸ばすと相手に向かって深々と礼をした後、ゆっくりと正面に頭を下げた。。

 

 

「もうだめ、あたしめろめろ……」夏輝が会場から出たところで春菜に寄りかかった。

「すごかったね。天道君。さすが私たちの学校の剣道部主将」

「あたし、濡れてきた」

「えっ?」

「今、修平に抱かせろ、って言われたら、あたし迷わず服を脱いじゃう」

 春菜は赤くなって辺りをきょろきょろと見回した。「ちょっと、夏輝、は、恥ずかしいこと言わないで」

「満足した。帰ろ、春菜」

「え? 会わなくていいの? 天道君に。これから個人戦だよ」

「もういいの。お腹いっぱい」夏輝は夢みるようにそう言って、春菜を置いて歩き出した。

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