Twin's Story 2 "Bitter Chocolate Time"

Bitter Chocolate Time 目次ページ1.故障 - 2.拘束 - 3.報復 - 4.改心 - 5.開店

《5 開店》

 

「おお! すごい客足!」ケンジが感嘆して言った。

「ほんとだねー」マユミも目を丸くした。

 

 ケネスの父親アルバート・シンプソンのチョコレート専門店『Simpson's Chocolate House』は、いつも賑やかな繁華街の中にあるビルの一階にオープンした。いくつもの花輪が立てられ、軒下には紅白金銀のリボンが揺れている。少し離れた位置からもその甘い香りが容赦なく鼻をくすぐった。

 

「ケニーも感心にちゃんと働いてるな」

「え? どこどこ?」マユミが背伸びをして人混みの隙間から店の中を覗いた。

「ほら、レジんとこ」

「ほんとだー」

 

 ケンジとマユミは人の波に押されながらようやく店内に入った。ケンジははぐれないようにマユミの手をぎゅっと握っている。

「わあ! もう夢みたい! この香り……」マユミがうっとりした表情で言った。

「おお! 来てくれたんか、二人とも。待っとったで」出し抜けに二人の背後から声がした。ケンジもマユミも振り向いた。

「やあ、ケニー。すごいじゃないか。この人だかり」

「お陰さんでな。時間あるか? この後」

「え? 特に何も用事はないけど」

「そやったら、そこのテーブルに掛けて待っててくれへんか。わい、もうちょっとしたら時間できるよってに」

「い、いいのか?」

「今ちょうどテーブル一つ空いたところやねん」


 ケンジとマユミは促されるまま、窓際に置かれた三つのテーブルのうちの一つに向かい合って座った。


 しばらくして小太りの中年女性が二人のテーブルにやって来た。「お二人がケンジくんとマユミさんやね?」

 その女性はにこにこしながらテーブルにコーヒーのカップを二客置いた。「いっつもケニーがお世話になっとるんやてね? おおきにありがとう」

「ケニーのお母さん、ですか?」ケンジが思わず立ち上がり、恐縮したように言った。

「始めまして」マユミも立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。

「ありがとうな、開店早々来てもろうて。それに、去年の夏はケニーが三日もご厄介になったんやろ? ホームステイで。えらい迷惑かけしもうて……」

「とんでもない。ケニーのお陰で俺たち円満です」

「へ? 円満? どういうこっちゃ?」

「い、いえ。あの、い、いろいろと気遣ってくれて、お、俺たちも、その……」

 横からマユミが言った。「その時ケニーとはあたしも仲良しになったから、こうして日本に来て下さって、すごく嬉しいです。それにあたし、チョコレート大好物なので……」

「ほんまに? そらよかった。いっぱい利用してな」

「すみません、お忙しい時にお邪魔しちゃって……」

「かめへんて。しばらくしたらケニーが相手するよってに、もうちょっと待っててな」

「ありがとうございます」


 ケネスの母親がそこを離れた。


「もう、ケン兄ったら、自分でフォローできなくなるようなこと、言わないの」

「悪い……」

 ケンジは座り直してテーブルに載っていた商品メニューを広げ、テーブルの真ん中に置いた。「いろいろあるもんだな、チョコレート……」

「どれもおいしそう」



 ケンジたちのカップが空になった頃、ケネスが二人のところにやってきた。


「すまんすまん。なかなか手え離せんかったわ。コーヒーのお代わりどうや?」

「どうする? マユ」

「いただこうかな」

「はい、喜んで。少々お待ちを」ケネスは笑いながら一度キッチンに消え、大きなデキャンタを持ってやって来た。「このコーヒーにもほんのちょっとチョコレートの風味がついてんねんで」

「へえ!」


 コーヒーを注いでもらいながらマユミが言った。「ありがとう、ケニー。とってもおいしいよ」

「そうか、そらよかった」


 もう一度キッチンに入って、ケネスは自分用のコーヒーと小振りの箱を持って戻ってきた。


「いいのか? まだお客さんいっぱいじゃないか」

「ええねん。手伝いの三人の姉ちゃんたちが来てくれたからな」

「そうか」

「でも、ケニー、すごいね、こんなにたくさんの種類があるんだ」マユミがメニューをめくりながら心底嬉しそうに言った。

「うちはな、単に仕入れたもんを売る店やないんやで。全商品親父とおかんの手が入っとる」

「あの奥が、仕事場なんだろ?」ケンジが店の奥の大きなガラス板で仕切られたスペースに目をやった。

「『アトリエ』っちゅうんや。ショコラティエの作業場」

「かっこいいね」マユミが言った。

「親父はな、どんな商品でも、チョコレートに関係ないものは置かない主義なんや」

「それでこそチョコレート・ハウス」

「流行ればええねんけどな」ケネスはコーヒーカップを口に持っていった。

「絶対大丈夫だと思うぞ」

「あたしも。間違いなく女子高校生、中学生、主婦の御用達になるよ」

「そやな。それはわいたちも期待しとる」

「こうして喫茶スペースもあるし。ちゃんと跡継ぎもいるしな」ケンジはウィンクをした。


「ねえねえ、ケニー、」

「なんや? マーユ」

「これ、食べていい?」マユミがテーブルに置かれた箱を指さした。

「ああ、すんまへん! 持って来といて、開けもせんで」


 ケネスはその正方形の箱を開けた。一口大のいろんな種類のチョコレートが九つ並んでいた。


「うちの主力商品、『シンプソンのアソートチョコレート』や」

「ストレートなネーミングだな……」ケンジが言った。

「言うたやろ、うちのファミリー、センスあれへんって」

「いいんじゃない? わかりやすいし、十分アピールできてるよ」マユミが言った。

「ほんまに?」

「うん。主力商品なら、これぐらい単純明快な方がいいと思うよ」

「おおきに、マーユ」ケネスはにっこりと笑って、一つのチョコレートをつまんでマユミに手渡した。

「それはリッチでクリーミーなミルクチョコレートや。マーユのイメージにぴったりやと思うで」

「いただきまーす」マユミは手渡されたそのチョコレートを口に入れた。「んー!」マユミは目をぎゅっとつぶって両手を頬に当てた。「最高ーっ!」

「お気に召しましたか? マユミお嬢さま」ケネスが言って笑った。

「どれどれ、俺も」ケンジが箱に手を伸ばした。「これ、いただこうかな」


 彼がつまんだのは四角い形のダークブラウンのチョコレートだった。


「それはうちで一番カカオ成分が多くて香りがリッチなビターチョコや」

「へえ」ケンジはそれを口に入れた。「おお! なるほどっ!」

「おいしい? ケン兄」

「確かに苦い。でもただ苦いだけじゃなくて、本当に香りがすごい。カカオってこんなに強烈に香るんだ」ケンジは感動したように言った。「でもやっぱり苦い……」ケンジは渋い顔をした。

「苦い思いをした後は、これやで」ケネスは箱からベージュがかったブラウンのチョコレートを手に取り、ケンジに与えた。ケンジはそれを口に入れた。

「どや? かえって普通のんより甘く感じるやろ? ケンジ」

「うん。甘い。やっぱり俺、チョコレートはこれぐらい甘甘の方がいいな」


 今度はケネスがウィンクをした。「苦い経験の後のマーユとの時間は、格別やったやろ?」

「そうだな」ケンジは少し照れたように笑ってうつむいた後、すぐに顔を上げてマユミを見た。マユミもケンジを見つめ返していつもの愛らしい笑顔を作った。

「ケン兄に抱かれて、甘く溶けちゃう。あたしもチョコレートと同じだね」

 ケネスは仰け反った。「ええなー、わいも女のコにこんな風に言われてみたいもんや」

「マユ、恥ずかしいこと人前で言わないでくれよ」ケンジは赤くなってマユミの額を小突いた。

「ま、キホンチョコレートは甘い方がええな。やっぱり」ケネスは笑ってカップを持ち上げた。


――the End


2013,7,26(2014,11,30) 最終改訂脱稿

 

※本作品の著作権はS.Simpsonにあります。無断での転載、転用、複製を固く禁止します。

※Copyright © Secret Simpson 2012-2014 all rights reserved

《Bitter Chocolate Time あとがき》

 

 最後まで読んでいただいたことに感謝します。

 明らかに催眠効果のある物質をチョコレートに仕込むのは、きっと薬事法あたりで禁じられています(笑)。

 今回の『Chocolate Time』の第2作には、相手を眠らせる、という場面が二度も登場します。場合によってはそうして意識を失っている間に、何かいたずらをする、というシチュエーションで勝負するテもあったのですが、これはちょっと僕の趣味に合わないので……。

 ケネスの父親、アルバートが一念発起して日本に開業した『Simpson's Chocolate House』は、大当たりします。シリーズの今後の話の中にも度々登場し、その甘い香りと幸せな味わいを小説の中に漂わせてくれるわけです。もちろんこのシリーズを『Chocolate Time』と銘打っていることからもお解りになるように、お話の全体をチョコレートの持つ甘さや口溶けのよさ、そして今回の小説のような苦さなどの特徴で彩ることを意図しているのです。

 この話、ケンジとマユミの兄妹が一線を越えて、7か月が過ぎています。お互いを気持ちよくさせる術も、すでにいろいろ知っています。もう彼らはお互いの身体を十分に味わい、心も相当熱く支配されているわけです。そりゃあ、まだ弱冠高三ですから、今でも強い性的衝動に突き動かされて求め合う関係なんでしょうけど、それでも、四六時中一緒に暮らしていて、ずっと惹かれ合っているということは、この兄妹、かなりいい相性を持っているのでしょうね。

 二人の部屋は二階です。両親の部屋は一階。ということは、夜、二階からの物音が、下の両親にも聞こえないはずはない。そんなことを心配したりもしますが、もし、我が子の二人が深い関係になっている、ということを知ってしまったら、僕ならどうするかなあ、とちょっと考えたりします。やっぱりまずは娘が妊娠してやしないか、という心配。で、次は、このまま結婚するなんてことを言い出したら……。家庭によっては、この兄妹を引き離さなきゃ、と相当なエネルギーが必要になるかも知れません。

 どうかケンジとマユミの関係が両親に知られませんように……。

Simpson