Twin's Story 8 "Marron Chocolate Time"

《3 夏輝の部屋》

 

 8月になった。街のアイスクリーム店で、夏輝と修平は二度目のデートの最中だった。今回は春菜も固辞したので二人きりだった。

 

「やっと、夏休みって感じだね」

「そうだな。何とかブロック大会まで行ったけど、さすがに壁は厚かった」

「ケンちゃんも?」

「ああ、やつももう一歩のところで標準記録に達しなかったらしくてな」

「そうなんだね」

「今はやつ、毎年恒例の家族旅行中だってさ」

「家族旅行?」

「そ。『シンチョコ』のケニーさんとマユミさん、それに真雪」

「いいな、家族みんなで旅行かー……」

「それにあの『海棠スイミング』の超お似合いのケンジさんミカさん夫婦とその息子、龍も一緒に」

 

「…………」夏輝は少し寂しそうな顔をしてうつむいた。

 

「ん? どうした、夏輝」

「ううん。何でもない」

 修平は夏輝の顔をのぞき込んだ。「なんか、悲しそうな顔、してっぞ」

 夏輝は顔を上げた。「あんたもだいぶ女のコを気遣うことができるようになってきたじゃん。感心感心」

「へんっ! そんなんじゃねえやい。俺は湿っぽいのが大嫌いなだけだ」

「だろうね。あんたデリカシーないからね」

「なんだと?! もういっぺん言ってみろ!」

 夏輝は眉間に深々と皺を寄せて言った。

「だいたい、デートの仕方も知らないくせに、交際をOKするか?」

「な、何っ? 俺はおまえにコクられたからOKしたんだ。ありがたく思え!」

「どうせあたしとエッチするのが目的なんでしょ?」

 

 カウンターにいたアルバイトの女性店員がちらりと二人を見てすぐに顔を下げた。

 

「なっ! お、おまえのカラダじゃ立たねえよ、悪いけど」

「へえ、そう。じゃ、試してみる?」

「な、何をだよ」

「あたしを抱いてみなよ。あたし、あんたをイかせることぐらい、簡単にできるんだからねっ!」

「お、お、俺をイ、イ、イかせるなんざ、百年早いってんだよっ!」

 

 修平は明らかに動揺し始めていた。

 

「わかった。じゃあついて来なよ」夏輝は修平のTシャツの袖を掴んで立ち上がった。

「どっ、どっ、どこ行くんだよ!」

「あたしん家」

「な、なんだって?!」

「あたしを抱かせてやるよっ!」

「ま、待て、待てよ、夏輝っ!」

 

 修平は夏輝に引きずられるようにしてアイスクリーム屋を出た。

「あ、ありがとうございましたー」店員が引きつった笑顔で二人の背中を見送った。

 

 

「入って」

 夏輝は『日向』と手書きで書かれた表札の掛けられたドアを開けて修平を促した。

 そのアパートは二階建て4軒の世帯が入っているこぢんまりした、決して新しいとは言えない建物だった。夏輝の家はその一階の左側だった。修平は申し訳程度の狭い玄関で窮屈そうに靴を脱いだ。

 

「早く上がりなよ。あたしが入れないじゃない」

 

 夏輝は修平が中に入ったのを確認して、自分も靴を脱ぎ、ドアを閉めた後、修平の靴と自分の靴を揃えてつま先を表に向け直した。

 玄関脇の壁に、胸に『日向』と刺繍の入った灰色の作業服がハンガーに掛けられ、下がっていた。

 

「あたしの部屋、右だから」

「あ、う、うん……」修平は借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。「誰もいないのか?」

「お母ちゃんは伯母さんとこ」

「伯母さん?」

「お母ちゃんの伯母さん。今老人ホームにいる」

「そうか……」

 

 修平が狭い廊下を歩く度、床がぎしぎしと音を立てた。彼はドアの前で立ち止まった。ドアの隅の方のベニア板が少し剥がれかけていた。

 

「いいよ、入っても」夏輝が言った。

「え?」修平は振り向いて夏輝を見た。

「なに遠慮してるのよ」夏輝はいらいらして修平の代わりにドアを開けた。

 

 中は三畳程の部屋だった。夏輝は天井のペンダント型の蛍光灯の紐を引いた。無機質な白い光が部屋を明るくした。

 

 その部屋は畳敷きで、襖の引き戸の間口半間の押し入れがあった。カーテンが閉められた掃き出し窓の前に小さな座卓と扇風機。座卓の上にはペン立てと赤いハートの絵のついたマグカップが一つ。壁には学校の制服。部屋の隅に二つの三段ボックスが置いてあり、教科書や参考書がきちんと並べて詰め込まれていた。

 

 しかし、それで全てだった。壁にアイドルのポスターも、床に熊のぬいぐるみも、座卓の上にティーン雑誌も、何一つなかった。

 

 修平は三段ボックスから『警察官採用試験問題集』という本を見つけて取り出した。

「おまえ、将来は警察官になるのか?」

「うん。もうずいぶん早くから決めてた」

「へえ、そうなのか……。なんでまた」

「不幸な交通事故を無くしたい、って言うのが一番の理由」

「殊勝じゃねえか。おまえにしちゃ」

「でしょ」

 夏輝は珍しく修平の言葉につっかかってこなかった。「願書、もう出したから、今からいっぱい勉強しなきゃ」

「試験はいつなんだ?」

「一次試験が10月半ば。それにパスしたら二次試験が11月」

「高校出てすぐ、警察官になるってのか? 早過ぎだろ、おまえ」

「だって、あたしが大学に通えるようなお金、うちにはないからね」

「…………」

「もしめでたく合格したら、すぐに給料もらえるし、家計の助けにもなるじゃん」夏輝は笑った。「でも21か月もの研修期間が待ってる」

「夏輝……」

「がんばんなきゃね」

 

 夏輝はカーテンを開け、窓を開けた。やかましい程の蝉の鳴き声が聞こえてきた。アパートの裏には大きな栗の木があって、日差しを遮っていた。不意にそよそよと涼しい風が吹き込んできた。

 

「この部屋、夏でも結構涼しいんだよ。窓開ければ」

「な、夏輝……」

「ごめんね、汚い部屋で」

「お、俺、知らなかった」

「何?」

「おまえが、その、こんなに……」

 修平はうつむきがちに、眉尻を下げてひどく申し訳なさそうな顔をして夏輝を見た。

「貧乏なんだよ、うち。お父ちゃんいないから」

「そ、そうだったんだ……」

「あたし、お父ちゃんの顔、知らないんだ。あたしが生まれてすぐ、バイク事故で死んだ」

 

 修平は言葉を無くした。

 

「あたしが生まれた知らせを聞いて、病院へ向かう途中で、信号無視の軽トラックと衝突したんだって」

「夏輝……」

「あたし、一つだけ願いが叶うなら、お父ちゃんにぎゅって抱きしめてもらいたい……」

 

「夏輝っ!」修平は堪らなくなって夏輝の身体を背中から抱きしめた。「俺じゃ、代わりになんないかもしんないけど、おまえの父ちゃんの代わりになんかなれねえけど、おまえをこうして何度でも抱いてやれる。抱いてやっから」

「ありがとう、修平。なんか、やっと恋人同士っぽくなってきたね」夏輝は寂しげに微笑んだ。

 

 

「ごめん、修平、あたし初めてなんだ」夏輝は窓とカーテンを閉めながら言った。

「お、俺も……」

「え? そうなの? 高三なのに、奥手だね」

「し、しょうがないだろ」修平は畳の上に正座をして身を固くしていた。

 押し入れから一組の布団を抱え出して夏輝は言った。「ほら、どいて、布団敷くのに邪魔だよ」

「え? あ、うん」修平は後ずさって部屋の隅に縮こまった。

「ど、どうしたらいいのか、わかるよね、修平」

「え?」

「エッチの仕方だよ」

「お、俺もよく……」

「二人とも初めてだからね。仕方ないか。手探りでやってみよ」

「う、うん」

 

 夏輝は天井の蛍光灯を消した。カーテン越しに夏の光が漏れ、完全には暗くならなかった。

 

「あんまり暗くないから、ちょっと恥ずかしいね」

「そ、そうだな……」

 

 夏輝はTシャツの裾を持ってゆっくりと脱ぎ始めた。

「ご、ごめん!」修平は慌てて後ろを向いた。

「修平も脱ぎなよ。そのままじゃエッチできないじゃん」

「あ、ああ」

 

 修平は目の前の壁を見ながら服を脱いだ。背後で夏輝の衣擦れの音を聞きながら、修平の鼓動はどんどん速くなっていった。

 

 修平は全裸になった。しかしまだ部屋の隅を見つめて赤くなったままだった。

 

「来てよ、修平。こっちに」夏輝の声がした。修平はゆっくりと振り向いた。

 夏輝は薄いタオルケットを首までかぶっていた。そしてしおらしく照れ笑いをしながら同じように赤面していた。

「夏輝……」

 

 ポニーテールをほどいた夏輝は、いつもの弾けた夏輝とは違って、ひどく大人びて見えた。

 

「いいよ、修平、覚悟はできてる」

 修平は自分の股間をしっかりと押さえながら、ゆっくりと少しだけケットをめくり、自分の身体を夏輝の隣に横たえた。修平は、自分の耳元で心臓の音が速く大きく聞こえ続けているのに少々苛立ちながら、額の汗を乱暴に拭った。

「あ、暑いよね」夏輝は手を伸ばして枕元の扇風機のスイッチを押した。ブーンというモーターの音がやけに大きく部屋の中に響いた。

「あたしの裸、見てよ」夏輝が小さく言った。

 

 修平は恐る恐る夏輝の身体を覆っていたケットをめくった。夏輝の腕と脚は日焼けしていたが、手で隠されている乳房から腹、そしてやっぱりもう片方の手で隠された秘部と腰のあたりは白かった。

 

 夏輝は修平から目をそらしたまま言った。「こないだうちの学校であった陸上の大会に駆り出されてたからね。手足だけ日焼けしたんだ。それと顔も」

「知ってる。俺、見てた」

「え?」

「お、おまえがさ、グランド走ってるの、俺、見てた」

「なんで? 気にしてたの? あたしを」

「え、いや・・・・」

「そうか、あのユニフォームだね」

「うちの学校の女子陸上部のユニフォームって、刺激的すぎだ。俺たちオトコにはな」

「へそ出しトップスにレーシングショーツだからね。セミビキニの」

「悩殺ユニフォームだよな」

「ほかのコの姿見ても、興奮してた?」

「少しはな」

「オトコってスケベだよね」

「ほ、本能だかんな」

 修平は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「で、どう? あたしの裸」

「お、俺のここ、も、もうはち切れそうになってる」

「そ、そうなの?」夏輝は少し怯えたように言った。「そんなのが、あたしに入ってくるの?」

「怖いか?」

「怖いよ。だって、初めてだし……」

「そ、そうだよな、やっぱり……」

「でも、修平、こらえきれないんでしょ?」

「…………」

「いいよ、入れてみてよ。大丈夫。あたし我慢する」

「が、我慢してまでエッチしなくても……」

「いや。する。だって、あたし修平の恋人なんだから」夏輝は自分に言い聞かせるように言って、目を閉じた。「お願い、入れてみて」

 

 修平は夏輝の手を取り、秘部から離させた。「あ……」夏輝は小さく叫び、身体を震わせた。

 

 修平は彼女の両脚を少しずつ開かせた。夏輝の身体は固くなっていて、脚を少し開いたところで、すぐに閉じようとする力が働くのを修平は感じていた。しかし、彼の興奮はもう、後に引けない程に高まっていた。

 ようやく夏輝の脚を開かせた修平は、自分の身体を彼女の脚の間に入れ、最高に大きくなったペニスを夏輝の股間にあてがった。

 

「あ、だ、だめ!」硬くて温かいものを秘部に押し付けられた夏輝は両手で顔を覆い、身体をよじらせた。

 

 修平は夏輝の両脇の布団に手をつき、歯を食いしばって夏輝の中に自分自身を入り込ませようと何度も押し付けた。その度に夏輝は身を固くして短い言葉を繰り返した。「い、いやっ」

 

 間もなく修平の興奮が最高潮になった。「ぐっ!」彼は低く呻いた。

 生温かいものが、夏輝の脚の付け根あたりにまつわりつき始めた。

「あ、いや……」また夏輝は小さく叫んだ。

 

 修平は腕を突っ張ったまま、大きく息をしながら射精の脈動が収まるのを待った。やがてうっすらと目を開けた修平は、夏輝の首筋にたくさんの汗の粒が光っているのを見た。それは宝石のように輝いていた。夏輝の手は布団をぎゅっと握りしめ、その身体はわずかに震えていた。

 修平は身を起こし、夏輝の身体から離れた。夏輝はすぐに起き上がり、ケットを背中から羽織った。そして修平に背を向けてティッシュで股間にまつわりついたどろどろした白い液を拭い取り始めた。

 修平は布団を降りて下着を穿き直し、夏輝に背中を向けて畳の上にまた正座した。そしておろおろしながら言った。「ごめん……夏輝」

「イったじゃん。嘘つき」

「う、嘘つきだと?」修平は振り向いた。

「あたしの身体じゃイけない、って言ったよね。修平」

「言ったっけ?」

「言った。でもちゃんと出したじゃん」

「そうだよ、出したよ、確かに。でもおまえの身体でイったわけじゃねえよ」

「どういうことよ」夏輝も振り向いて修平を睨んだ。

「あそこをこすりつけてたからイったんだ。一人でやる時と変わんねえよ」

「そうなんだ。あんたここで一人エッチしたんだ。そうだよね、あたしはイけなかったから、確かに一人エッチだったのかも」

「おまえな!」

「オンナ一人イかせられないんじゃ、まだまだ半人前だね!」

「なんだと?!」

「あたしが入れて欲しい、って言ったのに、全然入れられなくて外に出しちゃったじゃん。あんなのエッチじゃないよ」

「しょうがないだろ! 初めてだったんだ」

「オンナの抱き方ぐらい、勉強しろっての」

「このやろー! 言わせておけばっ!」

「なによっ!」

 

 修平の顔を睨み付けていた夏輝は、ふっと表情を和らげ、くすくすと笑い始めた。

 

「な、何だよ、何がおかしいんだ!」

「あんたとあたしって、いっつも最後はケンカになるね」

「お、おまえがむやみに絡んでくるからだろ」修平も少し声の力を弱めた。

「あれ?」夏輝はくんくんと鼻を鳴らした。「この匂い……」

「え?」

「栗の花の匂いだ」

「栗の花?」

「そうだよ。裏の木で今年もいっぱい咲いてたから知ってるもん。6月頃」

「な、なんでいきなりそんな匂いが……」

 夏輝は自分の秘部を拭っていたティッシュの丸めた塊を試しにそっと鼻に近づけてみた。「これだ! あんたの出した液の匂い」

「ええっ? く、栗の花ってそんな変な匂いがすんのか?」

「だって、本当におんなじ匂いだもん。あたしは別に変だとは思わないけど……」

「変だろ、それ。マジで臭えよ」

「あんた自分の身体の中でそれを作ってんでしょ?」

「そ、そうだけどさ」

 

 夏輝は丸めたティッシュをゴミ箱に捨て、布団の脇に落ちていたショーツを拾い上げて身につけながら言った。「修平、一緒に横になってよ」

「う、うん」

 

 修平と夏輝は一つの布団に寄り添って横たわった。

「裏にある栗の木はね、もうすぐ実を落とすんだよ」

「そりゃそうだ。秋の味覚だかんな、栗は」

「あたしん家って貧乏だから、人からいろんなものいただいてばかりだけど、この木の栗だけはあたしが収穫してみんなにお裾分けするんだ。毎年」

「へえ、そうなのか?」

「ここの大家さんがね、拾った分は全部やる、って約束してくれてんの。でも、その代わり、落ちたイガや葉っぱは掃除して捨てなきゃなんない」

 修平は額に浮かんだ汗を左手で拭って言った。

「おまえ、毎年そんなことしてんのか?」

「うん。もらった人はみんな喜ぶよ」夏輝は嬉しそうに微笑んだ。

「そうか」修平も何だか嬉しくなって顔をほころばせた。

 夏輝は枕元でうなり声を上げている扇風機を修平に向け直した。

「秋が来たら、修平にもいっぱいやるよ。楽しみにしてて」

「いや、俺、おまえと一緒に栗拾いするよ」

「ホントに?」

「ああ。そん時は呼べよ、絶対」

「うん。呼ぶ。絶対。お礼は何がいい? 拾った栗っていうのも何だか芸が無いね」

「お礼は……」修平が夏輝に身体ごと向き直って言った。「おまえのカラダでいいや」

「あはは。大丈夫、栗拾い手伝ってくれなくても、あたしあんたに抱かれてあげるよ」

「じゃあ、早いとこちゃんとエッチできるようになっとかなきゃな」

「そうだね」夏輝は修平の胸に指を這わせた。「修平は、卒業したらどうするの?」

「俺は、大学行って先々教師になりたい」

「先生かー、いいね、あんた向いてると思うよ。小学校とかさ。元気いっぱい子どもと遊んでくれる先生になりそう」

「そうか。そう言ってもらえると・・・」修平は照れて頭を掻いた。

「剣道も続けるんだよね? もちろん」

「ああ、お陰でいくつかの大学から誘いがきてる」

「うらやましいね、一芸に秀でてるってのは」

「おまえも、警察官、似合ってると思う。俺」

「ありがと、修平」

「試験、がんばれよ」

「うん」

 

 夏輝は修平の汗ばんだ背中に手を回した。修平も同じように夏輝の身体を抱き、きゅっと力を込めた。夏輝は思わずああ、とため息をついた。

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