Twin's Story 外伝 "Hot Chocolate Time" 第2集 第12話

龍と真雪の子どもたち、健吾と真唯

〈3.交渉〉

 

 リビングの床に敷かれたカーペットにぺたんと座り込んでいる双子の幼い兄妹を、コーヒー片手に愛しそうに眺めていたケンジのもとに、龍が手にカップを持ってやってきた。

 

「あ、パパ」クレヨンで絵を描いていた女の子の方が顔を上げて、にっこりと笑った。龍は持っていたカップをテーブルに置いて彼女を抱き上げ、そのマシュマロのように柔らかな頬にキスをした。

 

「あー、いいな、けんごにも、けんごにもー」

 男の子の方も両手を挙げ、顔を上に向けて龍に懇願した。龍は娘を抱いたまま腰をかがめて、その男の子にもキスをした。

「もう二人とも寝る時間だぞ。さ、お片づけしなさい」

 龍は娘をそっと床に下ろして、にこにこしながら言った。「お部屋でママが待ってるからな」

「はあい」

 

 二人は同時に返事をして、表紙にクマの絵がついたスケッチブックとクレヨンの箱をそれぞれ手に持ち、母真雪の待つ子ども部屋へと駆けていった。

 

 龍はケンジに向かい合ってソファに座った。

「どうした、龍」ケンジは顔を上げた。そして手に持ったカップを口に運んだ。

 龍は身を乗り出し、何の前触れもなく出し抜けに言った。

「父さん、真雪とセックスしてくれない?」

 

 ぶーっ!

 

 例によってケンジはコーヒーを派手に噴いた。

「なっ、なっ、何だってっ?!」

「だからさ、真雪を抱いてほしい、って言ってるんだよ」

「ばっ、ばかなこと言うんじゃない! な、なんで俺が真雪を……」

 ケンジは真っ赤になって、テーブルにこぼしたコーヒーを、鷲づかみにしたティッシュで拭き取った。

「ま、真雪は俺の姪だし、お、おまえの最愛の妻だろ? 言ってることがわかってるのか? おまえ」

「俺もすごく無茶なことを言ってるってことは解ってる。でも真雪と俺とが何度も話し合って出した結論なんだ。とても大切な理由があるんだよ」

「理由?」ケンジは龍に向き直って言った。「なんだか、断る、って言えないような勢いだな……」

「受け入れられそう?」

「と、とにかくちゃんとわけを話してくれ」

「うん。わかった」

 

 龍は一息ついたあとゆっくりと口を開いた。

「真雪、二十歳の時に不倫したでしょ」

 ケンジはカップをソーサーに戻して数回瞬きをした。

「ああ。おまえも彼女も酷く辛い思いをしたな、あの時は……」ケンジは小さなため息をついて、息子の目を見つめた。「早く忘れてしまいたいんじゃないのか? 龍」

「今回、父さんが真雪を抱くことで、あの時に受けた彼女の心の傷を癒してほしいんだ」

 

 ケンジは意外そうな顔をした。

「心の傷だったら、おまえが癒してやったんじゃないのか?」

「99㌫はね。でも、歳の離れた男性に対する恐怖心が1㌫残ってる。今でもね。それを取り除いてもらいたいんだ」

「恐怖心?」

「ちょっと大げさかな……、うーん、何て言うか、真雪の身体に残っている拒絶感、というか、こわばりというか……」

「拒絶感……」

「昨夜も一昨日もその前の夜も、真雪、三日続けてあの男に犯される悪夢をみて、夜中に飛び起きたんだ」

「ほ、ほんとか?」

「うん。ほんの少しだけど、でもしっかり残ってるんだよ。年上の男性に対する恐怖心みたいなのが……。真雪の中に」

 

「俺が真雪を抱くことでそれがクリアされるとでも?」

「父さんじゃなきゃだめなんだ。理由はただ一つ。俺とも真雪とも血が繋がってるから」

「それがどうして?」

「仮に歳が離れた全くの他人を真雪が選んできたり、俺が紹介したりして、その人に真雪を抱いてもらったとしても、おそらくそれでまた真雪の心や俺の中に新たな傷ができる可能性が大きい。たとえその人も真雪も俺も合意の上であっても、もう、そういう赤の他人に真雪を抱いてもらうことは、リスクが大きすぎるよ」

「だからって、無理にそういう機会を作る必要はないんじゃないか? 俺が真雪を抱くっていう……」

「結婚して、子どももできて、真雪と俺との関係が揺るぎないものになったから、頼めるんだ。それに父さんなら、真雪を気持ちよくさせて、なおかつ彼女の身体の奥に残った忌まわしい1㌫を取り除くような癒しのセックスができるはずだろ?」

 ケンジは少し焦ったように言った。「そんな難しいこと考えながら、その、ま、真雪を抱けるわけないだろ。っていうか、当の真雪自身は本当に納得してるのか?」

「うん」龍はあっさりと言った。

「う、うん、って……」

「俺がこのことを提案した時、それはいい考えだ、って言ってた」

「いい考え……って、ほんとか? ほんとに真雪がそんなこと」

「大丈夫。心配しないで。でも万一、その時に急に真雪が拒絶したとしても、父さんなら途中でやめられるでしょ?」

「まあ勢いで突っ走るような歳でもないしな。それは大丈夫だ。無理はしないし、真雪にも無理はさせないよ」

「だから父さんに頼むのさ」龍はにっこり笑った。

 

 ケンジはずっと困ったような顔をしていたが、カップに残った一口のコーヒーを飲み干した後、くいっと顔を上げて龍を見た。

「ならば、」

 父親ケンジが目を輝かせているのを見て、龍はたじろいだ。「な、何だよ……」

「おまえ、ミカと繋がれ」

「ええっ?! か、母さんと?」

「それでおあいこだろ? いわゆる夫婦交換ってやつだ」

「ぼっ、ぼっ、母子相姦!」

「俺が真雪を抱くときに、同時におまえもミカと身体を合わせればいい。よし、そうしよう。そうすればお互い様で罪悪感もかなり薄められる」

「って、勝手に決めないでよ」

「拒否権なしだ。俺が真雪を抱く条件はおまえとミカがセックスすること。もしおまえがイヤだと言うなら、俺もこの話、断らせてもらう」

 

「父さんは平気なのかよ。他のオトコに自分の妻が抱かれるんだぜ」

 ケンジはけろりとした顔で言った。「平気だ。理由は一つ。おまえは俺ともミカとも血が繋がってるから」

「なんだよ、それ……」龍は呆れ顔で言った。

「俺の知らない所で、俺に内緒で知らないやつとミカが繋がったら、俺は暴れ出すし、二人とも許さない。だけど、親しいおまえだったら全く問題ないよ」

「いや、親しい、って、俺たち親子だから……」

「それに、健太郎も初体験以来ミカと何度かセックスしたけど、その現場を見ても全然平気だったからな。かえって俺たちの仲は深まった」

「そ、そんなもんなの?」

「そんなもんだ」

 

 

 ――真雪の双子の兄健太郎の本当の父親はケンジだ。ケンジ、マユミの兄妹が高二から続く禁断の恋に終止符を打った夜、マユミは丁度排卵の時期で、ケンジの放ったものがマユミの一つの卵子と交わったのだ。その前日には、マユミはケンジの親友だったケネスと抱き合い、すでに彼との愛の証しを身に宿していた。こうしてマユミは兄ケンジと婚約者ケネスの子――健太郎と真雪――を同時に双子として産むことになったのだった。

 その健太郎は、思春期を迎え、ずっと通っていたスイミングスクールのインストラクター、海棠ミカ――ケンジの妻で健太郎にとっては伯母にあたる――に心を熱くしていた。そして、海棠家と共にハワイへ家族旅行をした時、念願かなって彼はミカに童貞を捧げたのだった。

 その後もミカは健太郎の身体をたびたび慰めてやっていたが、それは夫ケンジも公認の行為だった。実際健太郎とミカのベッドでの睦み合いをケンジは一度目にしたこともある。

 

 

 龍はケンジに身を乗り出し、息を潜めて言った。「か、か、母さんがうん、って言うかな」

「絶対にイヤとは言わないよ。賭けてもいい」ケンジは自信たっぷりに答えた。

 

 その時、キッチンからミカがコーヒーカップを手にリビングに入ってきた。

「どうしたの? 龍。難しい顔しちゃって」そしてケンジの横のソファに腰掛けた。

 龍は慌てて立ち上がった。「お、俺、子どもたちを寝かしつけてくる」

「なんだ、なに慌ててるんだ? 龍。それに顔、真っ赤になってるし」ミカはコーヒーをすすった。

「え? いや。べ、別に何でもないよ」

 

 龍はそそくさと逃げるようにリビングを出て行った。

 

「ほとんどコーヒーに口つけてないじゃない、龍のやつ」ミカがテーブルに残されたカップを見下ろした後、すぐに顔を上げた。「何かあったの? ケンジ」

 ケンジはミカの目を見て、にっこり微笑んだ。

「実は、君に頼みたいことがあるんだ」

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