Chocolate Time 外伝第3集 第6話 そば屋でカレーはアリですか? →目次に戻る

 

 01.動揺 02.来客 03.密通 04.亀裂 05.謀計 06.陥穽 07.真相 08.氷解 09.収束


六《陥穽》

「予想通り……」ユカリはその建物の前で艶めかしく派手にぎらぎらと点滅している看板を見上げた。「ほんとに男って単純なんだから」

 鼻息を荒くした嶺士はユカリの手を引いて、決心したようにロビーのドアを開け、その建物の中に足を踏み入れた。

 

 艶めかしい琥珀色の灯りに浮き上がったベッドにユカリはローブ姿で腰かけていた。

「嶺士もシャワー浴びて来てよ。汗臭いのはいやよ」

「わかってるよ。逃げるなよ」

 嶺士はユカリの目の前でその顔を睨み付けながらズボンのベルトを抜いた。

「念入りに洗ってね。あたし潔癖症だから」

 ユカリは手をひらひらさせて嶺士を追い払った。嶺士はふらつく足でバスルームに入って行った。

 

 「さてと、」ユカリはバッグからスマホを取りだし、クリムゾン系の少し紫がかった赤いマニキュアを塗った指でタップした。そして脚を組み直して耳に当てた。

「亜弓、聞いたよ、嶺士から」

「(あの人、まだ怒ってましたか? ユカリ先輩)」

「怒ってるというか、落ち込んで自棄になってるよ。昔から打たれ弱い男だからね、あいつ」

「(今、どこに? 嶺士は?)」

「聞いて驚かないでね。ここはラブホ。すでに部屋の中。嶺士は今シャワー中」

「(えっ?!)」

「やっぱりまずかった?」

 「(い、いいんですか? 先輩)」

「覚悟はしてたわ。大丈夫、あたしそんなヤワな女じゃないから」

「(嶺士が連れ込んだんですか? そこに、ユカリ先輩を)」

「うん。目、ぎらぎらさせてね。ある意味思惑通り」

「(そうですか……)」

「やっぱりあんたは嫌? 他の女に嶺士が寝取られること」

「(……正直嬉しくはないです。でも同じ事をあたしもしてしまったわけだし。嶺士がそのつもりならあたしは拒否できません。それにユカリ先輩だから安心です)」

 ああ、と嘆かわしいという風なため息をついてユカリは続けた。

「成り行き上しかたないか。でも、あいつ、こうでもしてガス抜きをしてやんないと、ますますやさぐれる感じよ。さっきまで一緒に飲んでたけどさ」

「(そうだったんですね……)」

「まあ、十中八九あたしは今から嶺士に抱かれるだろうけど、そのことであいつに思い知らせたいこともあるのよ」

「(思い知らせたいこと?)」

「そう。あんたのことが大好きなのに、その気持ちも自分で認めようとしないままうまく立ち回れないでいるあいつに身を以て教えてやるのよ。大丈夫、うまくやるわ。すぐにあんたにも報告してあげるから」

「(ありがとうございます、ユカリ先輩)」

「だから、ごめん、今夜一晩だけは目をつぶって」

「(却ってその方が、あたしも嶺士も気が済むと思います。ユカリ先輩が昼間言ってた通り。そうなればあたしが智志君に抱かれたこととフィフティフィフティ、お互い様になるわけだし)」

「ま、そうだわね」

「(でも、先輩は嶺士としてもいいって思ってるんですか?)」

「それは意外と平気。愛はないけど元彼だし。身体も気持ち良くしてもらえるしね」

「(相変わらずドライですね)」

 ユカリは笑った。

「あんたも、実のところ智志とあんなことして、正直気持ち良かったんじゃないの?」

「(そこが一番気になるところかな。取り合えずレイプでもされない限り、合意の上でのsexだったら、女だって肉体的には気持ちいいって思えるわけでしょ? でも、男の人はそれがわからない)」

「どういうこと?」

「(男はエッチしたいって思ったらフーゾクとかに行って解消するでしょ? 女だってそういうことをしたい時があるんだ、ってこと、世の中の男は解ってない)」

「確かにね。身体の火照りを鎮めてくれる人が夫や恋人じゃないこともあっていい、ってことでしょ?」

「(はい、止むに止まれずっていう場合だったら。当然割り切りで)」

「厄介なのは、sexは愛がなければやっちゃいけない、ってのがマジョリティだってことだよね」

「(もちろん愛情があってsexするのが理想というか大原則なんでしょうけど……)」

「で、その晩あんた智志に愛情があったの?」

「(ありません。でも、使命感はありました)」

「使命感? なにそれ」

「(話すと長くなるので、明日にでも直接)」

「そうね。こっちもそろそろ嶺士がぴかぴかになって出て来る頃だから、切るわよ」

「(はい、よろしくお願いします)」

 

 バスルームから出てきた嶺士は、全裸のままユカリの前に立った。彼の身体の中心にある持ち物は鋭く反り返り、天を指してビクンビクンと脈打っていた。

「すでに臨戦態勢ね」

 ユカリもすっと立ち上がり羽織っていたローブを脱いだ。

 艶っぽい赤いランジェリー姿のユカリの身体を無言で我慢できないように抱きしめた嶺士は、そのままベッドに倒れ込み、ユカリを下に押さえつけながら乱暴にその唇を重ね合わせた。

 んんっ、と呻いたユカリはその細い腕を嶺士の背中に回し、ぎゅっと爪を立てた。

「いっ!」

 嶺士は顔をゆがめて口を離した。

「焦らないでよ、まるで初めての時と同じじゃない」ユカリは赤い顔をした嶺士を睨み付けた。「少しは大人になったかと思ってたけど、全然成長してないわね、あんた」

 それを聞いた嶺士はますます息を荒くして目を見開き、ユカリの背中に回した手でブラのホックを探した。

「何やってるのよ。よく見なさいよ」

 ユカリは嶺士の身体をはね除け、身体を起こした。そして胸の前にあるホックを自ら外し、ブラを取り去ると、嶺士の頭を抱えて自分の胸に押しつけた。

 嶺士はその膨らみを左右交互に咥え込み、べろべろと舐め回した。

 

 ユカリが再び仰向けになると、嶺士は焦ったようにその小さなショーツに手を掛け、一気に脱がせた。そして彼女の両脚を抱え上げ、秘部に口をつけて、派手に音を立てながら吸った。

 ユカリの秘毛の下にある、肥大して敏感になっていた粒を、嶺士は舌で執拗に舐め、唇で挟み込んだ。

 ユカリは身体を仰け反らせ喘ぎ始めた。

「ああ、いい、いいよ、嶺士!」 

 股関節が外れそうになるほど大きくユカリの脚を開かせ、嶺士はその行為を続けた。ユカリの全身には汗が光り、ピンク色に上気していた。

 再びユカリは嶺士をベッドに引き倒し、その胸に逆向きに馬乗りになると、怒張して先端をぬらぬらと光らせている嶺士の持ち物を両手で掴み、口に頬張った。

 んんっ、と身体を硬直させて呻いた嶺士はユカリの太ももを抱え込み、下からその谷間を舐め回した。

 ユカリは硬くなった嶺士のものを舐め、吸い込み、激しく喉の奥で擦り上げた。嶺士は思わずユカリの秘部から口を離し喘ぎ始めた。

「ああ、ユ、ユカリ、俺、俺っ!」

 ユカリは構わずその行為を続けた。

「出るっ!」

 

 嶺士が叫ぶのと同時に、脈打つ武器の先端から噴き上がった白いドロドロした液がユカリの首元に何度もまつわりついた。

 ユカリは嶺士から身体を離し、枕元に置いていたバスタオルで胸元に垂れていた嶺士の精液を拭き取ると、今度は正面切って嶺士にまたがり、その頬を二度平手打ちした。

 「何一人で出してイっちゃってるのよ! この早漏男! あたしをこんなところに連れ込んだ以上、ちゃんとイかせなかったら承知しないからね!」

 そしてまたばしっ、ばしっ、と嶺士の頬を何度も両手で激しくビンタした。手加減など微塵も感じさせない情け容赦ない仕打ちだった。あまりの痛さに嶺士の両目には涙が滲んだ。

「ユ、ユカリ……」

 嶺士は首をもたげ、赤く腫れ上がった頬を両手で押さえ、今にも泣き出しそうな顔でユカリを見た。

「あんたますますいきり立ってるじゃない。相変わらずのドMオトコね。ほら、遠慮しないであたしに突っ込みなさいよ! ただしあたしがイくまで出すんじゃないわよ!」

 ユカリは腰を上げ、天井を指して脈動をしている嶺士のものを自分の秘部にあてがい、一気に腰を落とした。

「うわっ!」嶺士は思わず仰け反った。

 激しく腰を上下させるユカリを怯えたように見上げていた嶺士は、やがて決心したように起き上がり、一度座位で繋がったまま乱暴にユカリにキスをすると、その身体を押し倒して激しく腰を動かし始めた。

「ああ、もうすぐ、あたしも……」

 息を荒くしたまま、ユカリが甘い声で言った。

「イけ! ユカリ、俺がイかせてやるっ!」

 嶺士は大きく腰を動かし続けた。その全身から汗が流れ、顎からぽたぽたとユカリの胸に落ちた。

「イ、イく、イっちゃうっ!」

 ユカリが大きく身体を反らしてひくひくと痙攣し始めた時、嶺士の動きが止まった。そしてその身体の奥深くから噴き上がった白いマグマが、ユカリの体内に発射された。

 

 ビュクビュクッ! どくっ!

 

「ああーっ! 嶺士!」

「ユカリっ!」

  

 ぴったりと身体を重ね合い、お互いにその背中を抱きしめ、嶺士とユカリはその口同士を交差させて貪り合った。

 嶺士は静かにユカリから身体を離し、その横にバタンと仰向けになった。

 二人ともまだ息は荒かった。それを鎮めるのにずいぶん時間がかかった。

 

「痛かった」

 最初に口を開いたのはユカリだった。

「とっても痛かった」

 ユカリがもう一度言って嶺士を睨み付けた。

「す、すまん。俺、酔ってて……」

 嶺士は申し訳なさそうに数回瞬きをした。

「今のsexじゃない。あんたに初めてねじ込まれた時のことよ」

「ね、ねじ込んだわけじゃない」

「あたしにはそう感じられたの。初めてだったからね。全然気持ち良くなかった。sexってこんな感じか、って幻滅したわ」

「ご、ごめん……」

「ま、嶺士じゃなくてもそうだっただろうけど」

 ユカリは笑ってベッドを降り、部屋の真ん中に投げ捨てられていた赤いショーツを拾い上げ身につけた。嶺士もバスルームの前の洗面所に脱いだままにしていた黒い下着を穿き直し、ベッドに戻ってきた。 

「水着みたい」ユカリは懐かしそうに言った。「嶺士、現役の時はずっと小っちゃな水着穿いてたよね。智志と二人で」

「脚周りが開放的で好きなんだよ。智志のヤツもそう言ってた」

 わざと智志の名を出して嶺士の反応を窺ったユカリは、彼の意外にあっさりとした反応に拍子抜けしてしまった。

 嶺士はユカリと並んで仰向けに横たわった。

「みんなからおまえらホモか? ってからかわれてたけど?」

「言いたいヤツには言わせておけばいいんだよ。俺は全然気にしてなかったからな」

「そうなのね。智志も?」

「あいつはそう言われて時々落ち込んだ風にしてたこともあったが、俺がいつも気にすんなって言ってやってた」

「そう。いい友だちね」

 ユカリは安心したように柔らかな笑みを浮かべて嶺士に身体を向けた。

「ねえねえ、今になってこんなことを訊くのもなんか変なんだけどさ」

「どうした?」

「初めての時、あたしを愛してた?」

 ううむ、とうなって難しい顔をした嶺士は、目だけをユカリに向けた。

「『愛』とか『恋』とかっていう感情はあんまりなかった気がする」

「高一じゃそんなもんだろうね。要するに『sexしたかった』ってことでしょ?」

「ま、まあ、そんなところかな」

「その年頃の男子って、恋愛の最大の目標は『射精』だもんね」

 嶺士は口を尖らせた。

「で、でも、ちゃんと好きだったぞ、おまえのこと」

「ちゃんとね」

 ユカリは笑った。

「女はそうじゃないんだろ?」

「そうねえ」ユカリは仰向けになり、天井の場違いなほど豪華なシャンデリアに目を向けたまま言った。「sexしたい、とは思ってなかったかな。あの頃のあたしは」

「じゃああの頃のおまえは俺に何をしてほしかったんだ?」

「手を握ってくれれば嬉しかったな。あとは他愛のない会話、一緒に歩く距離感、大切にされているっていう実感、それが感じられれば十分だったかも」

「男だって」今度は嶺士がユカリに身体を向けた。「そうやって好きなヤツと話したり一緒にいたりすると気持ちいいって思うもんだ」

「わかってる」ユカリは微笑んで嶺士の手を取った。「今そう思える人がいるっていうのは幸せなことよ」

 嶺士は拗ねたように口をとがらせ、また仰向けになった。

 

「すまん、乱暴しちまって」

 ユカリはくすくす笑った。

「借りてきた猫みたい。すっかりおとなしくなっちゃって。でもこれであんたは亜弓を責めることができなくなったわね」

「なんか、俺……」

「何?」ユカリは仰向けになって両腕を枕にした嶺士に身体を向けて、左手で自分の頭を支えた。

「調子のいいことやってるな……」

「何を今さら」

 ユカリはまた笑った。

「そう、今さらだけどさ、亜弓への復讐のつもりでおまえをこんなとこに連れ込んだ上に、自分の性欲を満たすためにその身体を借りたってことが、なんか申し訳ないって言うか……」

「失礼ね」ユカリは嶺士の鼻をつまんだ。「あたしをオナホ扱いしないで」

「だってそうだろ? 俺ムラムラきちまって、無理矢理お前を、」「あたしだってやりたかったもん」ユカリは嶺士の言葉を遮って言った。

「そ、そうなのか?」嶺士は意外そうに言った。

「丁度あんたもあたしも身体が疼いてた。だから都合良く抱き合って、二人とも気持ち良くなった、ってことじゃない」

「お、俺は気持ち良かったけど、おまえはどうなんだ? 良かったか?」

「うふふ、満足したわよ。初めての時とは大違い」

 ユカリはまた嶺士の鼻をつまんだ。

「よせよ」

 ユカリも仰向けになって、嶺士の手を握った。

「sexもギブ・アンド・テイクじゃなきゃね。やっぱり」

「確かにな」

「でも、考えてみれば何でもそうじゃない? 対等な大人同士の付き合い方の基本よ。他人でも、友だち同士でも。恋人同士や夫婦ならなおさら」

 嶺士はユカリの手を握り返し、天井を見つめたまま呟いた。

「そう……だよな、ギブ・アンド・テイク」

 ユカリは眉尻を下げ、嶺士のその寂しそうな顔を見て、ふうとため息をついた。

「あっ!」

 出し抜けに嶺士が大声を出し、身体を起こした。

「どうしたの?」

「お、俺、ゴム付けるの忘れてた!」

 ユカリは困ったようにかぶりを振った。「あ~どうしよう、あたし妊娠しちゃうよ~」

「ご、ごめん、ど、どうしよう」

 嶺士は子供のようにおろおろして青くなっていた。

 ユカリは嶺士の手を取り、再び横に寝かせた。

「ご心配なく。ピル常用してるわ」

 はあっと、安心したように大きなため息をついた嶺士を呆れた様に見て、ユカリは言った。

「でも、危ない時期に女と生でsexしちゃったら、モーニングアフターピルに頼るっていう方法もあるわよ」

「なに? モーニング、なんだって?」

「『モーニングアフターピル』。緊急避妊薬のことよ。妊娠の可能性のあるsexの後72時間以内に飲めば高い確率で避妊できるの」

「なにっ? そんな便利なモンがあるのか?」

 ユカリは遠慮なく呆れ顔をした。

「あんた、もっと勉強した方がいいんじゃない? 幾つになっても物知らずね。もしかして奥さんが家出した後、ゴミ出しすらできない男なんじゃないの?」

「バカにすんな! ゴミ出しぐらい……」嶺士ははっとして口を閉ざした。

「何? どうしたの?」

「そ、そのモーニングなんとかっていう薬、商品名は?」

「一番有名なのは『ノルレボ』ね。通販でも売られてるわ」

「ノルレボ! あれはそれだったのか!」

「何? なにか覚えが?」

「台所のゴミ箱に入ってたんだ」

「いつ見つけたの?」

「だからゴミ出しの時だよ。亜弓が飲んだのはそれだったのか。っていうことは、智志とのあれでは妊娠しないってことなんだな」

 嶺士はほっとしたように言った。

「でも、なんでそんな薬……常備してたのかね」

 ユカリが横目で嶺士を睨みながら言った。

「あんたが勢いで中出しした時のためにストックしてたんじゃない?」

「……か、かもな」

 嶺士は頭を掻いた。