Twin's Story "Chocolate Time" 外伝第3集 第4話

アダルトビデオの向こう側


《8.家族》

 香代と拓也は連れだって、駅前の通りを歩いていた。

 香代が額の汗を拭いながら言った。

「この界隈、四年近くも住んでたのに、あんまり馴染みがない感じ」

「ほとんど外出してなかったからじゃない?」

「そうね。買い物する時の表のスーパーと美容室と裏のマッサージ店ぐらいだったものね、よく行ってたの」

 

 二人は一本のひっそりした路地に入り、かつて香代がリカと一緒に住んでいたアパートの前で足を止めた。

「もう、誰か違う人が住んでるのかしら……」

「そうかも」

「まだそんなに経ってないのに、ずいぶん昔のことのように思えるわ」

「実はね」拓也が照れくさそうに言った。「君がここに住んでる、ってことで、僕はこの辺りをよくうろうろしてたんだ」

「そうなの?」

「うん。わけもなく」拓也は笑った。「でもそれじゃあまりにもわざとらしいから、無理に理由をつけるために角のパン屋でよく買い物してた」

 

 そのパン屋のドアには「店休日」という木の札が掛けられている。

 

「決まってコロネとあんドーナツを買ってた」

「甘い物ばっかり」香代は笑った。

「時々持ってきてあげてたでしょ?」

「いつも自分だけで食べてたじゃない」香代は笑った。「そんなのばっかり食べてたらメタボになっちゃうよ、拓也」

「香代にコントロールしてもらわないとね。バランス良く」

 拓也はウィンクした。

 

 二人は駅に足を向けた。

「お義父さんの好きな焼酎がこの下に売ってるんだって?」

「そうなの。今は紅葉通りの『酒商あけち』にも置いてあるけど、以前はここにしかなかったの。わざわざ買いに来てらっしゃったわ」

「買って帰ろうか」

 二人は駅ビルのエントランスから中に入り、エスカレーターで階下に降りた。

 

 地下一階のフロアは食品類を中心に土産物、酒類、スイーツなどの店が並び、多くの客で賑わっていた。

 香代が拓也の手を引いて中華の総菜が並べられたショーケースの前を歩いている時、すぐ近くで声がした。

「香代さん」

 香代は思わず足を止めて振り向いた。

「リカさん!」

 背後の総菜屋のレジの横から、三角巾を頭に巻いたリカが身を乗り出して笑顔で手を振っていた。

「こんなところで働いてたのか」

 拓也も嬉しそうに言った。

「相変わらずラブラブね。で、ちゃんと結婚したの?」

 香代は恥ずかしげにうなずいた。

「エッチはまだ、なんて言わないよね?」

 リカはあははは、と笑った。そして奥のフライヤーで額に汗しながらエビの天ぷらを揚げていた男性に振り向いて言った。

「店長、15分休憩しまーす」

 香代と同じぐらいの歳格好のその男性はリカを睨んで言った。

「えー、困るなー。ただでさえ従業員少ないのに」そしてすぐににっこり笑顔になって言った。「いいよ、お友達かい? ゆっくり話しておいで」

「あざーす!」

 

 

 香代と拓也、リカの三人はフロアの端にあるオープン・カフェのテーブルを囲んだ。

「おまえ松原絵里香って名前だったのか!」

 拓也がリカの胸に付けられた白い名札を見て、驚いたように言った。

「そうだけど?」リカは首をすくめた。

「知らなかった……」

「すてきな名前ね」香代も言った。「私も知らなかった」

「誰にも教えてなかったもん」リカはいたずらっぽく笑った。「所詮、あの時のあたいは別人だから」

「そうだな。わかるよ」

 拓也は微笑みながらコーヒーのカップを手に持った。

 

「いつからここに? リカさん」

 リカは頭の三角巾を外しながら言った。

「まだ二か月なんだけどね」

「なんでこの店に? コネでもあったのか?」

 リカは首を振った。

「お総菜作りに目覚めたのよ」

「なんでいきなり……」

「あたいらしくもないって? ほっといてよ」

 そしてリカは懐かしそうに言った。

「忘れられなかったのよね、香代さんがあのアパートで作ってくれたおかずの数々」

「香代が作った?」

 拓也が顔を香代に向けた。

「めっちゃおいしいの」リカが言った。「あたいが作ったことのないいろんなものを、ささっと作って食べさせてくれてたんだよ」

「そうか」

 拓也は目を細めた。

「あのアパートに一人だった時はずっと店屋物だったから、香代さんが来てからはなんか家庭の温かさみたいなのを感じられて癒やされてたんだ」

「リカさん、私の作ったおかず、いつもおいしいって言ってくれて作り甲斐があったわ」

 香代はうふふと笑った。

「それに、香代さんがごはん作ってくれるようになってから食費がすっごく安くあがるようになったの。その上あたい、喘息持ちで、特に冬の間はいっつも体調悪くしてたんだけど、二人で暮らしてる時はほとんど症状が出なかったんだよ」

 拓也は誇らしげに香代を見ながら言った。

「香代は元々主婦だからね。倹約したり栄養価を考えた食事を作ったりするのはお手の物だよ」

「野菜は欠かしたことがなかったし、必ず味噌汁がつくの。お魚中心の主菜が日替わりで出るし漬け物もあるから、もう毎晩定食を食べさせてもらってたようなものよ」

「食べる時ぐらいはほっとしたいでしょ?」香代が言った。

「それなのに食費がかさまないの。一人で出前とか弁当とか買って食べてた頃よりずっと安く上がってた」

「へえ」拓也が腕を組んで感心したように言った。

「いわゆる旬の物を美味しく食べるっていう香代先生の教えね」

 リカはいたずらっぽく笑った。

「リカさんも手伝ってくれるようになってたから、私も楽だったわ」

「夏にかんぱち、秋にサンマ、鯵、冬ははまちの高級魚。刺身も煮付けも塩焼きもどれもすっごく美味しくてさ、あたい目覚めたの」

「海育ちだからね、私。でも初めは野菜嫌いだったリカさんが、自分でインゲンのごま和えを作ってた時は感動したわ」香代は目を細めた。

「インゲンとエンドウの区別さえつかなかったからね。最初は」

 リカは頭を掻いた。そして居住まいを正してしみじみと言った。

「……あたいさ、いつの間にか香代さんを同業の同居人じゃなくて家族みたいに思ってた」

「私もよ、リカさん。貴女のことは妹みたいに思えてた」

「そうなんだ……」ちょっと意外そうにリカは首をかしげた。そして続けた。「あたいも本物の家族が欲しくなったってことなのかな……それに同じ女なのに、ああいう普通の家庭料理を作れないのがすごく恥ずかしくて悔しくて。だから香代さんに教えてもらいながら腕を磨いたのよ。花嫁修業にもなるし」

 リカは笑った。そして長いため息をついた。「もう一人でいるの、飽きた」

 拓也が言った。「しかし、思い切った転身だな、リカ。AV女優から総菜屋の姉ちゃんへ」

「これからは松原さんって呼んでよ、拓也」あはは、と笑ってリカは続けた。「煮魚のお総菜は全部あたいが作ってるのよ。すごいでしょ。あ、それに忘れられないナスのしぎ焼きも」

 そしてリカはウィンクをした。相変わらずのそのチャーミングな笑顔に、香代はこぼれる涙を抑えきれなかった。

 

 

 拓也は香代の下着をゆっくりと足から抜いた。うっとりと目を閉じた香代は、肌をピンク色に染めてああ、と小さくため息交じりに喘いだ。

「香代」

 拓也は優しい声で仰向けになったその愛しいパートナーの名を呼び、静かに自分の身体を覆い被せた。

 

 木の匂いのする新居。その二階の南向きの広い部屋が二人の寝室だった。奥に二つのウォーク・イン・クローゼット。東向きの出窓と一体化した大きなベッドには天蓋がついていた。薄いピンクのレース・カーテンがその二人のプライベート空間を柔らかく包み込んでいる。

 

 二人のキスは静かに始まり、少しずつ熱を帯びていった。香代が拓也の背中に腕を回し、拓也が香代の頬を両手で包み込むと、顔を何度も交差させながら激しくその唇同士を重ね合わせ始めた。

 

 二人が口を離した時は、もう全身が汗でしっとりと湿り、息も荒くなっていた。

「拓也……嬉しい、私」

「僕もさ。今さらだけど、君とこうなることが僕の夢だった。ずっと」

「ごめんなさい、いつまでも待たせちゃって」

 拓也は首を小さく振った。

「それに、」香代は上になった拓也の顔を見つめたまま、切ない表情で続けた。「いろんな男の人が通り過ぎていった使い古しの私の身体を受け入れてくれて、ほんとにありがとう」

「あれは所詮フィクション。架空の出来事。撮影の時は僕だけがいつも君と見つめ合っていられた」

「そう。私、いろんな男の人に抱かれながら、心はいつも、ずっと貴男に抱かれてた」

「カメラ越しに抱き合ってたんだね、僕たち」

 香代は拓也の背に回した腕に力を込めた。

「拓也、来て、いつものように繋がって、私と……」

 そして香代はゆっくりと脚を開いた。

 

 拓也は両手で身体を支えたまま腰を浮かせ、大きく脈動しているペニスを香代の谷間にあてがった。

「入るよ、香代」

 耳元で囁き、拓也は香代の中に入り始めた。

 んんっ、と呻いて香代は顎を上げた。

「痛くない?」

 拓也が訊いた。

「全然痛くない。とっても気持ちいい、とっても。ああ……」

 はあはあと息をしながら、香代はふるふると身体を震わせ始めた。

 拓也のペニスはぬるりと香代の中に入り込み、温かく包み込まれた。

「ああ、僕もすごくいい気持ちだ。香代……」

 拓也はその唇を香代のそれに重ね合い、ゆっくりと吸った。香代は彼の背中を抱いていた腕を首に移動させて、自分に押しつけるようにしてそのキスに応えた。

 

 拓也の腰と香代の身体が同じように揺れ動く。そしてその動きはどんどん速く、大きくなっていった。

「香代!」

「拓也! 来て、私の中に来てっ!」

 

 二人の全身の汗がきらめく。

 

「香代、香代っ! 好きだ、君が好きだっ!」

「ああ、拓也、拓也!」

 

 拓也のペニス全体がぎゅっと締め付けられた。

んんっ、と呻き、拓也が身体を硬直させた瞬間、がくがくと香代の身体が大きく痙攣した。

「ああーっ!」

 香代も大きく仰け反った。

 

どくどくっ!

 

 拓也の中から熱い思いがその反射と共に何度も放出され、香代の身体の奥深くに注ぎ込まれた。

 

 

 荒い息を整えながら、香代は泣きそうな顔で拓也の顔を見つめ、指で彼の前髪を掻き上げた。

「いっぱい汗かいて」

 拓也はふっと笑った。

「君だって」

 

「怒らないでね」

 香代が言った。

「え? 何? どうしたの?」

 香代は拓也の鼻を軽くつつきながら照れたように言った。

「拓也は私の亡くなった主人に似てるの。特に笑った顔が」

「そうなの?」

「それに抱き方も」

「それは光栄だな」

 拓也は嬉しそうに笑った。

「嫌じゃないの?」

「全然。だって君の好みってことでしょ? 僕」

「うふふ、そうね」

 

「ご主人のこと、今でも思い出すことある?」

「忘れることは……ないわね」

「僕はご主人の代わりになれる?」

「それは嫌」

 香代は言った。拓也は意外そうな顔をした。

「彼のことを忘れない、っていうのは、つまり、」香代は目を閉じて一つため息をついた。「心の中の箱にしまってある感じ」

「箱?」

「アルバムって感じかな」

「アルバムか……」

「例えばちっちゃかった将太の記憶と同じ感じ」

「将太君の?」

「だって、亡くなった主人と会話したり、抱かれたりすることはもうないけど、それは幼い将太と手を繋いだり、あの子を抱き上げたりするのと同じでしょ? 今はそんなことできない」

「なるほど」

「だから私、貴男を前の主人の代わりなんて思いたくないの」

「そうか」

 拓也はほっとしたように微笑んだ。

 

「ごめんなさい、変なこと話題にしちゃって」

「ううん」

 拓也はまた香代についばむようなキスをした。

「拓也に抱かれて、一緒に登り詰めるの、最高にいい気持ち」

「僕もだよ」

「あ……」

 香代が小さく言った。

「抜けちゃう……」

 拓也も言った。

 

 香代の身体から力尽きた拓也のペニスが抜けた。

 

 枕元のティッシュを取り出して、秘部を拭った香代は、それをゴミ箱に捨てて再び仰向けになった。そして身体を起こした拓也に両手を伸ばした。

 「まだ裸のままでいて、お願い」

 拓也は照れたように笑って、そのまま香代の横に、同じように仰向けで横たわった。

 

「私、拓也の裸が大好きなの。すっとそのままでいて欲しいぐらい」

「いつもこんな恰好で? 君は僕にAV男優になれとでも言うの?」

 拓也は香代の額をつついた。

「素質あるんじゃない?」

「無理だね。演技で女性を抱くなんてまっぴらだ。それに、」拓也は自分の胸を人差し指でつついた。「このままじゃせっかく頂いた『すずかけマイスター』のバッジがつけられないよ」

「それもそうね」

 香代は笑った。

 

「拓也は、」香代は身体を横に向けた。「今までつき合った人、いなかったの?」

「学生時代はいた。彼女」

「どんな人?」

「君に似てた、って言って欲しい?」

「別に」

 香代は少し拗ねたように言った。

 拓也は小さく笑った。

 

「あの頃はいつもムラムラしてて、とにかく誰かとエッチしたくてさ、その子が僕にコクってきたからチャンスだと思って付き合い始めたんだ。それなりに可愛い子だったし」

「下心満載の大学生だったのね」

「たいていの男ってそんなもんじゃないの?」

「で、どうして別れちゃったの?」

「趣味が違う、価値観が違う、金銭感覚が違う、いろいろ違うことが見えてきてね」

「恋人同士なら解り合おうとするもんでしょ?」

「そのレベルを超えていた」

 拓也は自嘲気味に笑った。

「半年も続かなかったからね。ま、僕のせいだけど」

「そうなの?」

「カラダ目当てだってことに気づかれたんじゃないかな」

「仕事始めてからは?」

「ああいう仕事をしてると、恋人を作る気にはならなくなる」

「どういう意味?」

「女性不信に陥るんだよ。世の中の女の子がみんなAV女優に見えてくる」

「わかる気がする……」

 拓也は香代の髪を撫でた。

「だから僕が独り立ちしてから君が最初の彼女っていうわけなんだ」

「私だってAV女優だったのよ?」

 

「違うね」

 拓也は眉を上げた。

 

「君は最後までAV女優になれなかった」

 香代は黙って拓也の目を見つめた。

「僕は知ってる。香代が自分を忘れてカヨコになったことは一度もなかった。ずっとカメラ越しに見てたからわかるんだ」

「拓也……」

 拓也は香代の身体をゆっくり抱きしめ、大きく息を吸って髪の匂いを嗅いだ。

「君はいつも自分を見失ってなかったってことだよ。だから僕は惹かれた」

「ありがとう、拓也」

 香代の声は震えていた。

「香代がAV女優を続けるうちに、もし、将太君や亡くなったご主人のことを心の箱の外に捨ててしまったりしていたなら、僕は君を好きになることはなかっただろうね」

 香代は拓也の身体を抱き返し、その細い腕に力を込めた。

 

「君とあの現場で出逢って、僕は考えを変えさせられた」

「え? どういうこと?」

「前にも言ったけど、僕はAVの、特に女優さんたちの真剣さを知ってるつもりでいた」

「つもり?」

「でも、それはOLや教師や看護師なんかと同じで、ただの一つの職業だとしか思えてなかったんだ」

「どういうこと?」

「セックスっていう人間の一番プライベートでデリケートな部分を演じて、自分をさらけ出すことが、そんな単純なものじゃないってこと」

「……」

「どの女優さんだって、たぶん男優さんだって、現実の自分の心の中の家族への愛とか、心から好きな人への熱い想いとかと葛藤しながら演技してることがわかった。君を見ててわかったんだ」

「拓也……」

「エッチな気分に浸りたくてDVDを買った人が観ている映像の向こう側に、そういう葛藤とか苦しみとか哀しみがあることに気づいた」

 拓也は香代の頬を撫でながら言った。

「カメラマンの僕なんか比べものにもならないけど、AVの世界にいきなり投げ込まれて苦労した君には、それが痛いほどわかるんじゃない?」

 香代は目をしばたたかせた。

 拓也はその目を見つめた。

「でももう二度と君にそんな思いはさせない」

「拓也……」

「約束するよ、香代」

 

 そして二人はその柔らかで温かな唇をそっと重ね合った。

 

「実はね、拓也」

「ん?」

「高温期がずっと続いてるの、私」

 拓也は少し考えてから、目を見開いた。

「ほんとに? ってことは、赤ちゃん、できたの?」

 香代はこくんとうなずいた。

「やった! 僕の子供っ!」

 拓也は横になったままガッツポーズをした。

「先週クリニックに行って診てもらったら、和代先生、ほぼ間違いないって仰ってた。それに異常に嬉しがってた」

「あの人の思う壺ってわけだ。子供作れって提案して面白がってたからね、君のバースデーパーティの時」

 拓也は笑った。

 

「でも、」拓也は香代を横目で軽く睨んだ。「まさか将太君の子じゃないよね?」

「えっ?」

 香代は口を押さえた。

 拓也はおかしそうに言った。

「彼とエッチしちゃったんだって?」

 香代は思わず身体を起こした。

「ど、どうして知ってるの?」

「本人に訊いた」

「ええっ?! あの子が自分でばらしちゃったの? 貴男に」

 拓也は香代を再び自分の横に寝かせて、優しく身体に腕を回した。

「将太君誠実だよ。『拓也兄ちゃんにだけは伝えとかなきゃいけないことがある』って真剣な顔で打ち明けたんだから」

「で、でも……」

「どうだった? 息子に抱かれて」

 香代は観念したように言った。

「私も将太も、再会して抱き合ったら、なんか、もう湧き上がるものがこらえきれなくなっちゃって……」

「わかる気がする。君と将太君のその時の気持ち」

「ごめんなさい……」

「謝ることないよ。僕も嬉しい。君たち親子の絆が確かだったってことだし。やることはちょっとアブノーマルだけどね」

 拓也は笑いながら香代にキスをした。

 

「でも将太に抱かれたのは春だったし、その一度きり。だからお腹の子は100㌫貴男の赤ちゃんよ。計算は間違ってない」

「このこと、」今度は拓也が身体を起こして香代を見下ろしながら、いたずらっぽい目をして言った。「僕から将太君に伝えていい?」

「何て伝えるつもりなの? まさか……」

「『君のお母さんのお腹に赤ちゃんができた。もしかしたら君の子かも知れない』って」

「ちょ、ちょっと、やめてよ!」

 香代は真っ赤になった。

「もしそれが本当だったらさ、生まれる子は君にとっては子供であり孫であり、将太君からすれば子供でありきょうだいであり、お義父さんにしたら孫でありひ孫であり……。めちゃめちゃ複雑になっちゃうところだったね、あははは!」

 拓也は大笑いした。

「もう、拓也ったら……」

 香代は手を伸ばして拓也の鼻をつついた。

 

 はあっと大きく息を吐いて、拓也はバタンとシーツの上に大の字になった。

「妻にお義父さんに義理の息子にそのお嫁さんと赤ちゃん、それに自分の子供。家族が増えるって、すごく幸せなことだね。生まれて初めて味わう幸福感」

「拓也……」

 

「ずっと一人だったから、余計に」

 

 香代はひどく切ない顔をした後、柔らかな微笑みを拓也に向けた。

「この子を大事に育てなきゃね。二人で」

 拓也はそう言ってベッドの端に丸まっていたケットを広げ、香代の身体にそっと掛けた。

 

――the End

2016,7,15 Simpson

 

※本作品の著作権はS.Simpsonにあります。無断での転載、転用、複製を固く禁止します。

※Copyright © Secret Simpson 2012-2016 all rights reserved

 

志賀 香代
志賀 香代

★ 「アダルトビデオの向こう側」あとがき★

 

 最後までお読みいただき感謝します。無駄に長かったですね(笑)。

 さて、今回の主人公香代が不本意ながらも家を出たことで、当時高校一年生だった息子の将太は相当なショックを受け(当然ですね)、荒れた高校時代を過ごしました。彼が三年の時の担任、鷲尾彩友美が彼の辛さとその熱い思いを受け止め、結果彼を立ち直らせるわけですが、その経緯は「Chocolate Time 外伝 雨の物語集 第2話『ずぶ濡れのキス』」で描いています。

 この『ずぶ濡れの――』を公開した後、将太の母親のとったその行動は、常識的に考えて不自然だよなあ、とずっと思っていたので、実は……という話を考え、香代の息子への思いはやはり深かった、という、Simpson好みのハッピーエンド・ストーリーに仕上げたのでした。

→外伝「雨の物語集」第2作『ずぶ濡れのキス』

 

 『シンチョコ』で香代と将太がニアミスする場面は、『ずぶ濡れ――』で将太がケネスに諭されて、彩友美に謝るために飛び出していく、というシーンとシンクロしています。

 また、今回なかなか場を賑わせてくれた海山和代は、「Chocolate Time 外伝第2集第5話『月経タイム』」で登場します。今回の話の中にもあった通り、その時高校生だった和代がケンジに告白するというシーンがあります。是非併せてお読み下さい。

→外伝第2集第5話『月経タイム』

志賀 将太
志賀 将太