Twin's Story 外伝 "Hot Chocolate Time" 第3集 第2作

忘れ得ぬ夢~浅葱色の恋物語~

7.知られざる思い


 私は年末の夜、名古屋から帰ってきたシヅ子とベッドの上で抱き合っていた。夏に帰ってきて以来、欲しくて欲しくてたまらなかった彼女の身体は温かく、柔らかで、私は涙が出そうだった。


 11月の終わりに届いたきり、ずっと途絶えていたシヅ子からの手紙がクリスマス直前に届き、わたしは狂喜乱舞した。その手紙に、年末には予定通りに帰ると記されていたからだった。


 その夜、シヅ子は服を脱いでいる間なぜかひと言も話さなかった。私が何か問いかけても、うっすらと微笑みを向けるだけだった。彼女はベッドの上で私の腕に抱かれた時、ようやく口を開いた。消え入るようなか細い声で。


「アル、わたしにキスして」


 その言葉で、爆発寸前にまで高まっていた身体の疼きが一気に解放され、私は夢中で彼女の唇を吸い、舌を絡め合った。彼女はぎゅっと目を閉じて小さく呻いた。


 私は何を思ったか、いきなり彼女に言った。「今日は君の自由を奪ったままやりタイ。いいデスカ?」

 シヅ子は少し驚いたようだったが、すぐにええよ、と応えた。

 私は二人が脱ぎ捨てたバスローブの帯を一本ずつ拾い上げ、ベッドに仰向けにした彼女の両腕を頭上に上げさせ、ベッドの枕の先に立てられた柵にそれぞれ結びつけた。

 下着姿のシヅ子が万歳の格好でその両腕を拘束されている姿を見て、私は激しく興奮した。そして乱暴に彼女が身につけていたランジェリーをはぎ取った。


 私がどうしてその時彼女を拘束したいと思ったのか、無理に理由をつけるとすれば、シヅ子と離れて暮らしていることに苛立ちのようなものを感じていたからだと思う。いつもそばにいて欲しい、いつもその柔らかな肌に触れていたい、そういう気持ちが彼女を自分の元に繋ぎ止めておきたいという衝動に変わり、あんな行為に私を駆り立てたのかもしれない。


 薄暗い部屋の中で、彼女の目にうっすらと涙が光っているのが見えた。

「このままでイイ?」

 私が耳元で囁くと、シヅ子は大きく頷いた。そして小さく「アル……」と呟いた。

 私は枕元の小さなプラスチックの包みを手に取り、中の物を取り出して自分のすでに硬く、大きくなったものに被せた。その久しぶりの行為も私の心を高ぶらせた。


 それから私はシヅ子の秘部に舌を這わせながら、手で二つの膨らみを揉みしだいた。彼女は身体を大きくくねらせながら喘いでいた。

「アル、アル!」シヅ子は懇願するように頭をもたげ、私を見つめた。

「いくよ」

 私はそう言って、少しずつ彼女の中に入っていった。

 ううう、とシヅ子は呻いた。そして肘を曲げて、結びつけられた手の自由を求めるようにもがき始めた。

 私はすでに大きく腰を動かしていた。そして一気に身体中が熱を帯びた。

「シ、シヅ子っ!」

 そしてついに臨界点を越え、私は身体を大きく脈動させながら、奥深くに渦巻いていた熱い想いを思い切りゴムの袋の中に迸らせた。


 私は帯を解きシヅ子の手を自由にした。すると、彼女はいきなり私の身体を強く抱きしめ、震える声で私の名を大声で呼びながら涙をこぼし始めた。

 いつもと違う、と感じた私は、急に今やってしまった行為を申し訳なく思い始め、彼女の身体を抱き返しながら耳元で言った。「ごめん。ごめんナサイ、シヅ子。ボク、乱暴だった」

 シヅ子は大きくかぶりを振った「違う、違うんや、アル」

「え?」



 長い時間が掛かってようやくシヅ子の荒い息が収まり、私は彼女の頬を濡らしていた涙を指で拭った。


 それからシヅ子は重い口調で私に目を向けることなく話し始めた。


 シヅ子は名古屋の施設で働いている間に、上司の男性と不倫してしまった。秋に開かれた宴会の後、キスされて、自分もその気になってそのままホテルに行き、肌を合わせてしまった、と。


 不思議なことに私はその時は思いの外冷静でいられた。彼女の涙と苦しそうな声、そして話し終わった後自分を見つめる熱い瞳の輝きが私の心を安心させたのだった。もしその男性に心を奪われ、私と別れて欲しい、と言われていたなら、私はベッドをひっくり返して暴れだしていたかもしれない。そしてそのまま勢い余って彼女にも暴力をふるっていたかもしれない。しかし、私はその時の哀れな彼女の姿を見て、少なくとも怒りや憤りの感情が湧いてくることはなかった。


 シヅ子はずっと泣きながらそれがつい最近まで続いていたことも、自分も相手に好意を寄せていたことも、その全てを正直に一生懸命話し続けた。そして最後にごめんなさい、と何度も繰り返して言い、それまでで一番激しく号泣した。

 私はそんな彼女の髪を撫で、身体をただ抱いてやることしかできなかった。


 シヅ子の気持ちが平静に戻ると、私は彼女の身体に指を這わせながら訊いた。

「その人とボクと、ドッチの方が感じる?」

 えっ? と小さく叫んでシヅ子は私の目を見た。

「ドッチが燃える?」

「ア、アルだよ……」

「じゃあ、ドッチの物の方が大きい?」

「な、何? アルバート……。何でそないなこと……」シヅ子は眉間に軽く皺を寄せて私の目を見つめ続けていた。

「ねえ、ドッチが大きい?」

 シヅ子は何も言わず、恥ずかしげに私の鼻の頭に人差し指を当てた。


 私はどうしてこの時、おそらく一番辛い思いをしているに違いない本人であるシヅ子にそんな質問をしたのか、今考えても不思議でたまらない。彼女は私のそんな屈辱的な質問になんか答えたくなかったに決まっている。それでもたたみかけるように私は彼女にその男と自分とのセックスの時の違いを問い詰めていた。それはおそらくオスの野生の本能というやつだ。自分が彼女に最もふさわしいオスであることを確かめたかった。違うオスと交わっても、やっぱり自分がより強くてこのメスを屈服させる唯一のオスだと証明したかった。そういうことだと思う。


 私は最後に訊いた。「ゴムは?」

 シヅ子は出し抜けにぶるぶる震え始め、私の顔を見つめて唇を噛みしめた。

「避妊、シテた? ちゃんと」

 シヅ子は嗚咽を漏らしながら首を大きく横に振った。そして私の背中に腕を回して胸に顔を埋め、また号泣した。



 彼女はそうやって年末年始を郷里の大阪で過ごし、また名古屋に戻ることになっていた。しかし彼女は職場にすでに退職願いを出していて、すぐに向こうの部屋を引き払って戻ってくることも約束した。

 帰ってきたら私と一緒に暮らすことも。


 シヅ子にはもちろん、私自身にも他に選択肢はなかった。


 帰省したその夜から、シヅ子はずっと僕の部屋で一緒に過ごした。

 二日後に、楽しみにしていた映画を二人で観に行った。

 『Hold me Tenderly』は甘く熱い恋愛映画で、恋人たちが何度も激しく愛し合うシーンがあった。ハッピーエンドの幸せな気分になる映画だったが、ヒロインがうつぶせになって恋人から愛されるシーンになると、シヅ子はうつむき、唇を噛みしめて涙を堪えていた。私はどうしたのだろう、と思い、彼女の手を握ると、シヅ子はその手に力を込めてきた。彼女はそれからエンディングまでずっと私の手を握りしめたまま離さなかった。

 もしかしたら、シヅ子は名古屋での男との出来事を思い出していたのかも知れない。しかし私はそれについて何も聞きたくはなかった。何があろうとも、もうシヅ子を絶対に離さない、という決意が私の中にはあった。そう考えるうちに私の身体はどんどん熱くなり、映画館のシートに押し倒してでも、その場でシヅ子と繋がりたい、と思うほどに興奮していった。

 その晩はもちろん、それから私は毎夜シヅ子の身体を求め、彼女もそれに応えた。シヅ子は帰ってきた夜のように涙を流すこともなく、元通り、私といっしょに燃え上がって熱くなり、感じ、満たされていた。買い置きしていた避妊具のゴムもすぐに底をつき、買い足さなければならないほどだった。

 そうやって繋がり合ううちに、私は恋人シヅ子の心が自分と共にあることを実感し、安心感が身体を満たしていった。


 しかし、年が明けて彼女が名古屋に戻ってしまうと、私は冷静でいられなくなってしまった。突然私の心と身体の中に凄まじい痛みを伴った嵐が吹き荒れ始めたのだ。

 嫉妬、憎悪、悲しみ、怒り、屈辱感、劣等感、敗北感、孤独感、寂寥感、空虚感……。そういった醜い負の感情が一気に心の奥から噴き出してきて私の胸を激しく締め付けた。夜になりシヅ子と抱き合ったベッドに一人で横になっていると、訳もなく涙が溢れ、何度も彼女の名を呟いていた。そしてそれからシヅ子が再び私の元に戻ってくるまで眠れない夜がずっと続いた。向こうに帰った途端、シヅ子がまたその男と燃え上がって抱き合い、繋がり合い、愛し合うのではないか、と疑心暗鬼に強烈に苛まれ続けたのだった。

 さらに、うとうとと眠りに入っていこうものなら、私は夢の中で二人が全裸で抱き合い、絡み合う現場を目の当たりにすることになるのだ。

 快感に身をよじらせながら喘ぐ彼女の上で顔も見たことのないそいつが大きく腰を動かし、その男の何も着けない赤熱したむき出しの猛り狂った肉と、彼女のひたひたと潤った粘膜が触れあい、じゅぷじゅぷと飛沫を飛ばしながら激しく擦れ合い、絡まり合い、深く交じり合って、二つの身体がどんどん熱を帯びてゆく。そして一気に二人は登り詰めて、彼女の奥深い、私すら入ったことのない神聖な場所に沸騰した液が躊躇なくどくどくと放出される――

 そんな光景がいつまでも頭の中にこびりついて離れなくなるのだ。


 ところが、自分でも信じ難いことに、そんな妄想を抱いた後、どうしようもなく身体が熱くなり、決まって強い射精感が押し寄せてくるのだ。そして知らず知らずのうちに手が自分の股間に伸ばされ、激しい興奮と共に登り詰めてしまう。愛する女性が他人に寝取られていることを想像しながら、そうやって性的に興奮している自分への不信感が募り、思いとは裏腹な身体の反応が、苦しみ以外の何物でもない感情と激しく拮抗して私の心を容赦なく痛めつけるのだった。

 ある夜、そんな夢をみて飛び起きた私は、熱く火照る身体に苛立ちながらベッド脇のサイドテーブルの引き出しを開け、コンドームの箱を手に取ると、床に思い切り叩きつけた。

「何でそんなヤツに躊躇いもなく中に出させる! ワタシが、ワタシが今までやってきたことは一体何だったんだ!」

 そして止めどなく涙が溢れ続けてどうしようもなかった。


 私がそんな風に、身体の中のすべてを真っ赤に焼けた鉄の爪で掻きむしられるような気持ちになったのは生まれて初めてだった。



「そやったか……。そんなことマーユに……」ケネスは苦しそうな目をして顔をゆがめた。

 前に座ったシヅ子の目には涙が溜まっていた。「わたしがみな悪いんや……アルにそこまで強烈に辛い思いをさせてたんやな……」

「今の親父の話、間違いないんか? どっちが大きい、とか妙ちくりんなことほんまに訊いてきたんか? おかあちゃんに」

 シヅ子はうつむいていた。その瞳から膝にぽたりと涙が落ちたのをケネスは見た。

「……間違いないわ。確かにあの夜、あの人そんなことばっかり訊いて来よった……」シヅ子は洟をすすった。

「おかあちゃん、苦しかったやろ、それに答えんの」

 シヅ子は顔を上げ、赤くなった目をケネスに向けた。「罰や、思て、正直に答えたわ。わたしが犯した罪への罰や、思て。それに偶然やろけど、ベッドに手、縛りつけられたんも、きっと自分がやったことの報いや、思たで」

「それまで親父に縛られたりしたこと、なかったんか?」

「その夜が初めてやった。アルがなんでそないなこと急に言い出すんか理解できへんかったけどな」

「おかあちゃんがコトの次第を親父に告白する前の段階やったんやろ?」

「そうや。もしかしたらあの人、自分でも知らんうちに勘づいとったんかな……。わたしの罪の意識を本能的に嗅ぎつけとったのかもしれへん」

「偶然にしては、確かに……」

 

 ケネスはテーブルにほおづえをついて、シヅ子の顔を見た。

「親父がそんなに苦しんどった、いうこと、おかあちゃんは知らんかったんか?」

「……そこまで苦しんではったやなんて知らんかった。わたしがあっちを引き払って帰ってきてからは、ずっとあの人にこにこしとったから気づかへんかった」

 

 そう言ってシヅ子はケネスの前に置かれたアルバムに手を伸ばし、ページをめくった。そこにはシヅ子とアルバートのツーショット写真が貼られている。

 

「それにこの話題はそれから暗黙のうちに二人のタブーになっとったからな」

「そうやろな。無理もないわ」ケネスはそう言ってテーブルの端のウォーマーに置かれたデキャンタを手に取り、横のマユミに目を向けた。「マーユ、お代わりは?」

「うん。いただく」

 マユミのカップにコーヒーを注ぎ入れながらケネスは言った。「そやけど、なんで親父、マーユにそないなこと話したんやろ」

 マユミは数回瞬きをして言った。「真雪の一件があったからだと思う」

「真雪の?」ケネスが言った。

 マユミはシヅ子に顔を向け直した。「アルお義父さまにこのお話を聞いたのは、真雪のあの出来事のすぐ後。丁度今頃、もうすぐクリスマス、って時でした」

「そない前に、あの人……」シヅ子は放心したように言った。

「お義父さまは、自分と同じような気持ちになっていた龍くんに、このことを話して聞かせてくれ、っておっしゃいました」

「龍に……」

 

 

 ケネスとマユミの娘真雪は、いとこの龍と結婚し、現在二児の母になっている。その真雪にも不倫の経験があるのだった。

 今から7年前。真雪が専門学校生だった二十歳の冬、彼女は実習先の研修主任の男に食事に誘われ、そのままホテルで関係を結んでしまった

 真雪の場合はその相手に抱かれたのは二日間だけで、しかもその男性に心奪われていたわけでもなく、その後すぐに恋人だった龍との関係は修復されていったのだが、寂しさに負けて年上の男性に抱かれたこと、その際に避妊の措置を取らなかったこと、本人も激しく後悔していたことなど、シヅ子の身に起きた出来事と状況が良く似ていたのだった。

 

 

「あたし、お義父さまから聞いたこの話、龍くんだけじゃなくて、彼と真雪の二人にして聞かせました。お義母さん、勝手なことをして済みませんでした」マユミは頭を下げた。

「いやいや、かえって良かったわ。ほんまやったらわたしの口から真雪たちに話さなあかんことやからな。おおきに、ありがとう」

「龍くん自身、その後アルおじいちゃんを訪ねて直接話を聞いたみたいです。たぶんまだ心に蟠(わだかま)りが残ってる時」

「そやったか……」

 マユミはケネスに顔を向けて微笑んだ。「随分気が楽になった、って龍くん言ってたよ」

「親父のヤツ、同じ思いをしとった龍に自分のその時の気持ちを話して聞かせて、少しでも安心させよ思てたんかな」

「きっとそうだね」

 

 シヅ子が申し訳なさそうに眉を下げ、ケネスとマユミを交互に見た。「わたしな、真雪があんなことになった、いうこと聞いた時、ああ、なんちゅうこっちゃ、わたしと同じや、って運命を呪ったで。ほんで自分を責める気持ちにもなっとった」

「おかあちゃんのせいやないで」

「寂しさが募ると脆うなる、っちゅうところがわたしによう似とる、思たわ。そやからもっと早うにあの子に話しとかなあかんかった、思た」

「どないな理由でこの話すんねん。いきなりこんなこと聞かされても、真雪は不審がるだけやで」

「そらそやけど……」シヅ子は肩をすぼめてうなだれていた。

「大丈夫や。あの子も龍もちゃんと乗り越えたよってにな」

 シヅ子はうつむいたまま言った。「……そうやな。かわいい二人の子もできたしな」

 

 シヅ子は目の前に置かれたウィスキーのグラスを少し奥に押しやり、ケネスの目を見つめた。「わたしな、あんたを産むまでアルバートにめっちゃ負い目を感じてたんや」

「負い目?」

「そや。わたしのやったことは誰が何と言うても許されんこと。アルに内緒で、アル以外の男性に抱かれて気持ちようなっとった自分が情けのうて……」シヅ子は目を伏せて洟をすすった。

「……すでに過去のことや」ケネスが言葉少なに言った。

「アルの誠実な想いを踏みにじって裏切ったわたしを、それでもあの人は大切にしてくれはって、結婚して子供まで授けてくれはった」

 

 シヅ子は潤んだ目で息子のケネスの青い瞳を見つめ直した。

 

「ケネス、あんたをお腹に宿して、わたし、ようやく赦された、思たわ。それと同時にこの子を大切に育てたる、って決意さしてもろた」

「何やの、その『決意さしてもろた』って」

「そやろ? アルがわたしに自分の分身でもあるあんたの命を授けたっちゅうことなんやから」

「なるほどな」ケネスは照れくさそうに目を伏せた。

「わたし、その時初めて、神村さんに避妊させなんだことを後悔した。男の人にとって、自分の液をオンナの中に注ぎ入れるっちゅう行為は、あの時わたしが思てたほど軽いこっちゃない。そうやろ? ケネス」

 ケネスは難しい顔をした。「そやな。セックスの時、男としてはできれば避妊なんぞしたくはないわ。本能的に種付けしたい、思うんちゃうかな。それこそオスの本能。妊娠の心配はその次やな」

「やっぱそうやろな。そやからアルバートもそないに暴れたんやろ……」

「まだ一度も自分の種を授けたことのないオンナの中に、自分以外の男のものが注がれたわけやしな。親父にとっては、いわばおかあちゃんっちゅうメスを巡る闘争に敗北した、っちゅうことやからな」

 

「ほんま、軽率やったわ……」シヅ子は一つ深いため息をついた。「けど、アルバートと結婚して、わたしが子を産む決心をしてからのセックスは、全然別物やったな」

「別物?」

「アルの身体で作られたものがわたしの中に注がれることに、強烈に感じとった。身体の興奮の度合いが違うんや。心理的なもんも絡んどるんやろな」

「ほう……」

「これが本物のセックスや、思た。気持ちよさも、充実感も、全然違うものやった。心と身体が完全に一致した、っちゅうか何も気にすることもあれへんし、後ろめたいこともあれへん。思いっきり開放的になれるっちゅう感じやな」

「ま、そらそうやな。おかあちゃんにとっては親父が本命なんやから」

「アルが言うてた通り、それはきっと『神聖な』行為やったんや。もう抱き合うた二人が絶対離れん、みたいな、何も気にせず全部この人にわたしを捧げます、っちゅうか」

「神聖な行為……そない堅苦しいものなんか?」

「嘘やごまかしなんかない、どっちも本気、っちゅうことや。しかも不倫の本気とはレベルもクオリティも違うで。身体の感じ方も本気やで。もう何度も吹っ飛びそうな刺激やねん。この人といっしょに死んでもええ、っちゅうぐらいに」

 ケネスはくすっと笑った。「おかあちゃん言いながら興奮してるやろ?」

「今でも思い出すだけで鳥肌が立つぐらいやわ。あのアルバートとのメイクラブの日々」

「親父もきっとそう思てたんやろな」

「わたし、その時、ああ、ようやくアルバートとほんまに一心同体になれたんやな、思た」

 シヅ子は幸せそうにため息をついた。


「そやけど」すぐにケネスは顔を上げて、テーブルに置かれたチョコレートの箱を手に取った。そして努めて明るい声で言った。「このアーモンド入りチョコレート売りに出した時に、もうおかあちゃん赦されとったんちゃうかなー、親父に」

「え? どういうこっちゃ?」

「これ、親父といっしょに開発して最初に売り出したオリジナルの製品やろ? 言うたら二人の結びつきの愛の結晶やんか」

 シヅ子は眉間の皺を深くした。「あんたようそないな恥ずかしこと言えるな。真顔で」

「やかましわ」

 シヅ子は小さく笑った。


「そのウィスキー、飲めへんの? おかあちゃん」

「ああ、作ってくれたマユミはんには悪いけど、眺めるだけにしとくわ。もともと飲めへんし」シヅ子はばつが悪そうに眉を下げた。「やっぱりわたしはワインがええな」

「お好きですものね、お義母さん」マユミが小さく口を押さえて微笑んだ。


 シヅ子は懐から今日届いた浅葱色の封筒を取り出して、そっとテーブルに置いた。

「これは?」

「まあ、読んでみ。ちょっと長いけどな」

「誰からの手紙やねん」ケネスはそう言いながら封筒を裏返した。「『神村篤志』? 神村って……」

「あの人の息子やそうな」シヅ子は肩をすくめた。

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