Twin's Story Chocolate Time 外伝 "Hot Chocolate Time" 第3集 第3話

 

海の香りとボタンダウンのシャツ


10.海の香りに包まれて

「美紀先輩」

 洋輔は恐縮したように部屋の隅で正座をして固まっていた。

「はい……」

 美紀はベッドの端に腰掛けていた。

「な、なんか……た、他人行儀っすね」

「そ、そうだね。そんなとこいないでこっちにおいでよ」

「は、はい……」

 洋輔はごそごそと床を這って美紀の前までやってきて、またかしこまって正座をした。

「お、俺で良かったんすか? 美紀先輩は」

「悔しいけど、貴男に初めて抱いてもらった時から、ここの火が消えない」

 美紀は自分の胸を人差し指でつついた。

「ほんとにすんません、勢いであんなこと……。しかも俺、先輩が初めてだったってこと、ケンジに教えてもらうまでずっと知らなかった」洋輔は顔を上げて美紀を見上げた。「なんで言ってくれなかったんすか?」

「だって、恥ずかしいでしょ、24にもなって男性経験がまだ一度もないなんて」

「大学にいる時、そんな関係になった男とかいなかったんすか?」

「どういうわけかね」


 洋輔は恐る恐る美紀の足を撫でながら言った。

「美紀先輩、すんげーナイスバディだから、男がほっとかなかったんじゃないっすか?」

「あたし鈍いから、誘われてても気づかなかったのかもね」美紀はふふっと笑った。「でも、たぶんオンナとしての魅力はないんじゃないかな。ミカなんかと違って地味だし」

 美紀は洋輔の手を取って立たせ、自分の横に座らせた。

「俺、実はずっと狙ってたんす」

「あたしを? ほんとに?」

 洋輔はこくんと頷いた。

「でも、先輩だし、なんか近寄りがたい感じで……」

「そうなんだ……」

「だ、だから俺、卒業ん時の宴会で飲んで、気が大きくなっちまって、つい、美紀先輩を……ほんとにすんません」

「ずっと思ってたんだ、あたしとしたいって」

「そ、そういうことっすかね……」洋輔は赤くなって頭を掻いた。

「その時告白してくれれば良かったのに」

「と、とんでもない! 終わった後、めっちゃ『やっちまった』感に苛まれてたんすよ? 俺」

「そうなの? 酔ってても?」

「酔いはいっぺんに醒めちまった。なんてことしちまったんだ、って思いました」

「あの時はあたしもいっぱいいっぱいだったしねえ……」美紀は苦笑した。


「あの時と同じ匂いっすね、この部屋」

「『シースパイス』の香り、久宝君も好きなの?」

 洋輔は目を閉じて、うっとりした表情で一度深呼吸をした。

「たぶん憧れの美紀先輩とここで繋がった幸福感を思い出すんだと思います」洋輔は瞼を開き美紀の手を取った。「俺、遊び人でいっぱい女の子を抱いたけど、美紀先輩とのあの夜が唯一満たされたエッチだったんす」

「ほんとに?」

「弾けた後の幸福感。後にも先にもあんなに気持ち良かったことはないな」

「そんなわけないでしょ。あたし大騒ぎしてたし、最後に抜けちゃったし……。久宝君一人でイっちゃってたじゃない」

「いえ、」洋輔は真剣な目で美紀を見つめた。「そういう気持ちよさじゃなくって、その後、先輩が下になった俺をぎゅって抱いてくれた時、すんげー幸せな気分だったんす」

 美紀は切なげな目をして洋輔の身体に手を回した。

「あたしも、思い出したい。あの夜、貴男に抱かれた幸福感」

「美紀先輩……」


 洋輔は立ち上がり、着ていたボタンダウンのシャツのボタンを外し始めた。向かい合って美紀もシャツを首から抜いた。

 お互いに下着姿になると、洋輔は両手でそっと美紀の頬を包み込んで唇を重ね合わせた。んん、と美紀は幸せそうな呻き声を上げた。口を離した洋輔と美紀は見つめ合った。

 「先輩っ!」洋輔は出し抜けに叫んで美紀の身体をぎゅっと抱きしめた。そして首筋や顎に唇を宛がって擦りつけ、時折舌を出して舐めた。ああ、と眉間に皺を寄せて美紀は喘いだ。

 洋輔は美紀をベッドに横たえ、背中のホックを手慣れたように外してブラを取り去った。そして我慢できないように現れた二つの白い乳房にむしゃぶりつき、手で揉みしだいた。

 「先輩、先輩!」洋輔はそう何度も叫びながら美紀の身体中に唇を這わせ、手でさすり、撫で回した。「ああ、先輩、やっと、俺……」


 洋輔は美紀の腰のあたりをぎゅっと抱きしめたまま動きを止めた。

「いいっすか? 先輩」

「久宝君……優しく……してね、お願い」消え入るような声で美紀が言った。


 洋輔は美紀の身につけていた最後の一枚に手を掛け、ゆっくりと脚から抜いた。そして自分も穿いていたボクサーパンツを脱いだ。

 震えながら固く閉ざされていた両脚に手を掛けて、洋輔はゆっくりと開いていった。そして右腕、左腕でその開いた両脚を抱え、ゆっくりと美紀の秘部に口を近づけた。

「ああ……久宝君!」

 美紀は焦ったように叫んだ。洋輔は何も言わず舌先と唇で谷間の入り口にある小さな蕾を愛し始めた。んっ、んんっ、と身体をくねらせながら、美紀はそのしびれるような快感を味わっていた。


 ベッド脇に置いていたバッグから洋輔は小箱を取り出し、蓋を開けて正方形のプラスチックの包みを取り出した。それを破って中身を取り出し、すでに大きく屹立していた自分のものにするするとかぶせた。

 美紀と顔を突き合わせて、恥ずかしげに微笑みながら、洋輔は囁いた。「先輩、俺、繋がりたい、美紀先輩と」

「いいよ、久宝君、来て」

 美紀は両脚を広げた。洋輔はそのままシーツに手を突き、腰を一度浮かせると、静かに体重をかけ始めた。

 熱く潤った谷間を押し広げながら、その硬く脈動しているものが入ってくる。美紀はぞくぞくした快感のうねりに翻弄され始めた。

 驚く程あっさりと、それは美紀の中に深く埋没した。腰と腰が密着し、二人は同時に熱いため息をついた。

「久宝君……」美紀の目には涙が滲んでいた。

「痛くないっすか? 先輩」

「全然痛くない。とってもいい気持ち、嬉しい、久宝君」

「俺も、最高に気持ちいいっす、先輩」

「また一つになれたね」

「夢みたいだ……」

 洋輔は腰をゆっくりと動かし始めた。美紀もそれに合わせて身体を揺すった。


 ベッドが激しく軋む。二人の身体は汗ばみ、そのただ荒い呼吸音だけが部屋の空気をかき乱した。


 とっさに洋輔は腰を激しく上下させながら、その唇で美紀の口を塞いだ。

 んんっ、と呻いた美紀がそれ以上の言葉を発することを許さず、洋輔はいつまでもその唇を咥え、舌を噛み、熱い吐息を吸い込んだ。

 そのまま洋輔の喉元でぐうっという音がして、彼の腰の動きが止まった。美紀の身体が細かく震え、ぐっと仰け反った。その拍子に二人の口が離れ、洋輔と繋がったまま同じように脈動し跳ね上がる身体の動きに呼応して美紀はその名を呼び続けた。

「久宝君! ああ、久宝君っ!」

「美紀先輩!」

 洋輔は次第に間隔が長くなっていく射精の反射に身体を弛緩させながら、最後の力を振り絞るような声で、抱きしめた愛しい女性の名を呼んだ。「ああ、美紀先輩……」

 洋輔は胸に抱いた美紀の髪を撫でながら言った。

「水泳部きっての女たらし、って呼ばれた俺がこんなこと言っても信用されないかもしれないっすけど」

「うん……」

「今まで誰を抱いても満ち足りたことがなかったっす」

「ほんとに?」

「身体は気持ち良くても、なんか……気持ちが醒めてたっつーか」

「だから逆にいろんな子を抱けたのかもね」

「なるほど、そうかもっすね」


「今までつき合った女の子には、めちゃめちゃ失礼なんすけど、どの子ともエッチはあんまりどきどきしなかった」

「どきどき?」

「身体の中に溜まった欲求を吐き出したくて抱いてた感じがするんですよね。あ、軽蔑しますよね」

「する。そんな気持ちで抱かれてる、ってわかったら、オンナだったら拒絶するよ」

「ですよねー」洋輔はばつが悪そうに眉尻を下げた。「軽い気持ちで声かけて、何となくつき合って、身体の関係になるのは、その流れ、っつーか一種のルーチンワークっつーか」

「女たらし」美紀は鋭く洋輔を睨んだ。

「すんません……」

 洋輔はしゅんとして、ひどく申し訳なさそうな顔をした。

「でも、美紀先輩は全然違う。俺、今でもどきどきしてますもん」

「嘘ばっかり」

「ホントですって!」洋輔は美紀の頬を手で包んで、自分の方に向けた。「先輩は俺が唯一抱きたくてどきどきする女の人なんすよ」

 それから洋輔は美紀を抱きかかえ、自分が下になって身体の上に乗せさせた。

「初めての時も、今も」

 美紀はひどく切なそうな目で洋輔を見つめた後、恥ずかしげに目をそらした洋輔の鼻をつまんで顔を自分に向けると、乱暴に唇同士を重ね合わせた。


「久宝君って、よく見るとイケメンだね」唇を離した美紀が柔らかな笑みを浮かべて言った。

「え? そ、そうっすか?」

「大学の時からかわいいって思ってはいたけど。何か、」美紀は身を起こし、洋輔に跨がったままその赤くなった顔を見下ろした。「成長したっていうか、頼もしくなった、って言うか」

 洋輔は顔をほころばせた。「嬉しいっす。美紀先輩にそう言われっと」

「久宝君って、キスが上手」

「え? なんすか、いきなり」

「そのキスで、たくさんの女の子を落としたんでしょ?」美紀は口角を上げた。

「ち、違いますよ」洋輔は慌てて否定した。

「あたし、男の人とキスしたこと、まだ数回しかないし、全然慣れてないんだけど、貴男のキスが一番気持ちいい」

「そ、そうなんすか?」

「うん。っていうか、ほかの人との時は緊張しちゃっててよくわからなかった」

 洋輔は照れたように笑った。


「でも、あの初めての夜、」美紀が言って、申し訳なさそうに瞬きをした。「久宝君と繋がった時はあたし、とっても痛かったし苦しかった。ごめんね、今になってこんなこと」

「いえ、」洋輔は下になったまま美紀の腰に手を当てて、ゆっくりとさすった。「そりゃそうっすよね。初めてだったんだし……」

「でも出血はしなかったんだよ」

「だから俺も気づかなかったんす。ゴム外した時、もし血がついてたらわかってた」

「あたし、正直ほっとしたんだよ。貴男に気づかれなかった、良かった、って」

「俺、気づいてあげたかったっす。そうすりゃ、その時コクることもできたし」

「いやだよ」美紀が言って、洋輔から身を離し、再び彼の横に身体を横たえた。「バージン奪った責任とってつき合ってもらっても嬉しくない」

「そりゃそうでしょうけど……」洋輔は決まりが悪そうに頭を掻いた。そして身体を起こし、美紀の中で力を使い果たしたペニスからコンドームをはずし、口を結んだ。美紀は枕元に置いていたティッシュの箱を手にとって差し出した。

「あ、すんません、先輩」

 使用済みのコンドームをティッシュに包みゴミ箱に放り込んだ洋輔は、再び美紀に寄り添うように横たわった。


「もし、」美紀は洋輔に顔を向けた。洋輔も美紀の目を見つめ返した。「あの男がまたやってきたら、追い払ってくれる?」

「当然っす」洋輔はきりっとした顔で返した。「俺、これからずっと美紀先輩を守り抜きます」

 美紀は噴き出した。「大げさ! でも嬉しい」

 洋輔はぎこちなく微笑みながら髪をそっと撫でた。

「ねえ、久宝君」

「なんすか?」

「『大好き』って言ってもいい?」

「えっ?」洋輔はにわかに顔を赤くした。そして慌てて言った。「お、俺が先に、」

 言いかけた洋輔の言葉を遮って、美紀は叫んだ。

「大好き!」

 そして洋輔の裸の胸を力一杯抱きしめた。


――the End

                                                                    2015/11/19 S.Simpson



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《海の香りとボタンダウンのシャツ~あとがき》

 

 最後までお目通しいただき、心から感謝します。

 今回の主人公稲垣 美紀は、Chocolate Time シリーズ第1期の主人公、海棠ケンジが大学の時に所属していた水泳部の先輩です。大学時代、ケンジがよく一緒に飲みに行っていた仲間の一人です。

 そのメンバーは海棠ケンジ、久宝洋輔、堅城、小泉の四人に、その二年先輩の兵藤ミカとこの稲垣美紀を合わせた6人です。

 美紀もミカも優秀なスイマーでしたが、弾けた性格で派手な印象を与えるミカに比べると、美紀はやはり地味です。積極的に前に出るタイプでもなく、友人もそう多くはありません。少数でも気心の知れた仲間といる方が安心できると感じていたのです。

 身体を許した相手に心を掴まれる、というのは、実際にあるみたいですね。品行方正だった中学生の女の子がヤンキーの男の子に身体を許し、それ以降人が違ったようにその男に溺れ崩れていった、という話を知り合いから聞いたことがあります。

 美紀の場合、結局それはヒロユキでもこうじでもなかったということです。勢いでの初体験だったとは言え、その相手が洋輔であったことは、結果的に美紀にとっては幸運なことでした。

 久宝洋輔はこの後美紀と結婚し、真面目に家業の居酒屋を継ぐことになります。実は彼も、遊び人を続けていたとは言え、もう安定を求める年齢になっていたのでしょう。今回の流れは、自分の生き方を考え、変えていかなくてはと思っていた洋輔が、一歩踏み出すきっかけになった出来事でもありました。

 それにしても、ケンジとミカが今回は完全に脇役に回って二人を結びつけるよい仕事をしましたね。これからも度々エルムタウンに二人で出掛け、『居酒屋久宝』で彼らと親交を深め、温めていくことでしょう。

Simpson