Chocolate Time 外伝 Hot Chocolate Time 3 (第3集) 第1作

鍵盤に乗せたラブレター

《5.気持ちと身体》


 勇輔と冬樹は、並んで自転車を押していた。

「なんか、幸せそうな顔してっぞ、おまえ」

「そりゃそうだよ。先輩の使ってた水着、穿いてるんだから」

「そんなに嬉しいか?」

「うん」冬樹は顔をさらにほころばせた。「また興奮してきた」

「ばかっ」勇輔は赤くなって目をそらした。


「だいたい、おまえが下着の中に出したりすっから……」勇輔はまた冬樹の顔を見ながら言った。

「だって、我慢できなかったんだもん」

「そんなに興奮してたのか?」

「そりゃそうだよ、ずっと抱かれたい、って思ってた先輩と抱き合えたわけだし」

「俺も」勇輔は照れたように頭を掻いた。


「でもピッタリだよ。この水着。僕と先輩、サイズ同じなのかな」

「あのな、冬樹、水着ってのは、普通より一,二サイズ小さめのを穿くのが常識なんだぜ」

「そうかー」

 冬樹は勇輔の顔を見て微笑んだ。


「そう言や冬樹、おまえ髪、いつ切ったんだ?」

 冬樹は少し困ったような顔をした。「う、うん……先輩のタオルがいつまでも手すりに掛からないのを悲観してね、昨日……」

 勇輔は立ち止まり、切なげな目をして冬樹を見た。「ほんとに悪いことしちまったな、冬樹。ごめん」

「ううん。いいんだ。僕の勝手な思い込みだったんだし」


 冬樹が先に歩き始めた。勇輔も急ぎ足でその後に続き、再び二人は並んで自転車を押した。


「でも、似合うぜ、そのヘアスタイル」

「ちょ、ちょっと短すぎるかな……」冬樹は自分の後頭部をさすった。

「前はいかにも暗いオタクって感じだったが、なんか今風になった、っつーか、前より、なんだ、こ、こう、かっこよくなったっつーか、かわいくなったっつーか……」勇輔はまた頬を赤くして頭を掻いた。

「ほんとに? 嬉しい!」


 勇輔は照れくさそうに冬樹の頭を乱暴に撫でた。


「明日も部活なんでしょ? 先輩」

「あ、う、うん」

「明日も一緒に帰ろう。僕、音楽室にいるから迎えに来てよ」

 勇輔はにっこり笑った。「わかった」


 

 明くる日の昼過ぎ、早めに学校にやって来た勇輔は音楽室を訪ね、ピアノの蓋をそっと開けると、バッグから白い封筒を取り出してその上に置き、静かに蓋を閉めた。

「俺の気持ちも、おまえにちゃんと伝えなきゃな……」

 勇輔は独り言を言って、そこを出て行った。


 準備室のドアの隙間から、勇輔のその行動を観察していた彩友美は、彼が去った後、自分の椅子に座って、淹れ立ての紅茶のカップを手に取った。「勇輔君も応えたんだ、冬樹君の想いに」

 そしてにこにこ微笑みながら一口、紅茶を飲んだ。


 それからしばらくして、いつものように音楽室を訪ねた冬樹を、彩友美はいつもに増して上機嫌で微笑みながら迎えた。

「冬樹君、何だか急に明るくなったね」

「え? そ、そうですか?」

「髪も短くして、なんか垢抜けた感じがするわよ」

 冬樹は頬を赤くして頭を掻いた。

 彩友美は悪戯っぽく斜めにその少年を見ながら声を落として言った。「何か素敵な出来事でも?」

「えっ?」冬樹は思わず顔を上げ、ますます顔を赤くした。

「ま、先生があれこれ聞く権利はないわね」

 冬樹は申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「今のあなたなら、リストの『愛の夢』なんか似合いそうだわ」

 ふふっと笑って、彩友美は準備室のドアを開け、中に消えた。



 水泳部のミーティングが終わり、約束通り勇輔は音楽室を訪ねて冬樹を誘った。


 自転車を押して歩きながら、二人は蝉時雨の桜並木を通り抜けた。

「毎日毎日暑いなー」勇輔はシャツの襟を引っ張りながら言った。

「今が一番暑い時間帯だからね」

「な、なあ、冬樹」勇輔が少し躊躇いがちに言った。

「なに?」

「こ、今度の土曜日さ、俺んちに来ないか?」

「え?」

「メシごちそうしてやっからよ、そ、その、泊まっていかねえか?」

「いいの? いくいく!」

 冬樹は小躍りして喜んだ。


 

 それから二日後の土曜日、午後3時頃、勇輔は『シンチョコ』を訪ねた。

「勇輔やないか」ケネスがエプロンで手を拭きながらアトリエから姿を見せた。

「おっちゃん」勇輔は微笑みながら軽く手を振った。

「待ち合わせか?」

「う、うん。後輩と」

「冬樹やろ?」

「知ってたんだ」

「健太郎の彼女の弟やからな。時々遊びに来るよってにな」

 勇輔は躊躇いがちに言った。「お、俺たちの関係も、知ってるの?」

「関係?」

「い、いや……」勇輔は赤くなって言葉を濁した。


 勇輔を喫茶スペースの椅子に座らせた後、ケネスはにやりとして言った。

「お前はわいと同じ匂いがすんねん。気づいてたで」

「そ、そうなんだ」

「人を好きになるのに性別は関係あれへん。堂々と付き合ったり」

「あ、ありがとう、おっちゃん」


 勇輔がアイスココアのストローを咥えかけた時、入り口のカウベルを軽やかに鳴らして、リュックを背負った冬樹が店内に足を踏み入れた。

 勇輔は振り向いた。そして手を上げたまま、一瞬動きを止めた。

「あ……」

 冬樹は姉春菜と一緒だった。

「こんにちは、勇輔君」

「は、春菜さん」

 勇輔は思わず立ち上がった。

 テーブルに近づいた春菜は、にこにこしながら言った。「あなたとちゃんと話すのは初めてね」

「あ、あの……」

「冬樹をよろしくね」春菜は横に立った冬樹を横目で見て言った。

 冬樹は頭を掻いた。「ごめんなさい、先輩、姉ちゃん、どうしても先輩にあいさつしたい、って……」

「そ、そんな、こ、こっちこそ……」勇輔は恐縮してうろたえながら肩をすぼめて頭を下げた。しかしすぐに顔を上げた。「って、な、なんすか、その『よろしくね』って」

「仲良くしてやってね、っていう意味よ」

「は、はあ……」勇輔は赤くなって春菜から目をそらした。


「俺、」床に目を向けたまま勇輔は言った。「冬樹のピアノ、聴いてるうちに、春菜さんの絵、思い出してました」

「え?」

 勇輔は目を上げて春菜を見た。「やっぱ、同じ芸術家なんだなーって。」

「芸術家?」

「なんか、人の心を掴むって意味じゃあ、春菜さんの絵も冬樹のピアノも同じだって、感じてました。」

「そう、嬉しいわね、そう言ってもらえると」春菜は微笑んだ。「でも、それは勇輔君が冬樹のことを想ってくれてたからじゃない?」

「そ、そうすかね……」

 春菜は隣の弟に目をやった。「冬樹も、音楽であなたに想いを伝えようとしていたわけだし」


 姉の隣に立って、冬樹は照れくさそうに頭を掻いた。

「や、やっぱ、春菜さんって、俺たちの関係、ご存じなんすね?」勇輔が小さな声で言った。

 春菜は何も言わず笑顔で勇輔の顔を見ていた。


「勇輔君のお宅にご迷惑をかけないようにね、冬樹」春菜は冬樹の頭を軽く撫でると、その笑顔を勇輔に向けた。「何か失礼なことしたら、遠慮なく叱ってやってね、勇輔君」


 冬樹は決まりが悪そうに姉の後ろ姿を見送った後、勇輔と向かい合ってテーブルについた。

「ご、ごめんなさい、先輩、姉ちゃん、お節介で……」

 勇輔は額の汗を拭った。「焦ったぜ……。冬樹とは付き合うな、って言われんのかって思った……」

「応援してくれてるよ、姉ちゃん」冬樹はにこにこしながら言った。

「なんか、おまえを気遣ってるってことがびんびん伝わってきたぜ」勇輔はほっとしたように笑って、ストローを咥えた。「いい姉ちゃんじゃねえか」


 ケネスがホットコーヒーのカップを運んできて冬樹の前に置いた。

「冬樹は髪、短い方が男らしゅうてイケメンやで」



 『シンチョコ』を出た冬樹と勇輔は、街をぶらついた後、勇輔の自宅『酒商あけち』からさほど離れていない居酒屋『らっきょう』の暖簾をくぐった。店先に信楽焼の大きな狸の置物、引き戸の入り口の脇には赤い提灯がぶら下がっている。

「な、なんで居酒屋?」冬樹は入り口前で思わず足を止めた。「お酒、飲むの? 先輩」

 勇輔は笑った。「飲まねえよ。心配すんな」


 勇輔が先に戸を開けて中に入った途端、厨房から威勢のいい声がした。「いらっしゃい!」

「おっちゃん!」勇輔が手を上げて、中にいた髭面で禿頭の主に声を掛けた。

「よお! 勇輔!」

「邪魔するよ」

「友だち連れか?」

「うん。後輩」

 主はにっと笑って言った。「ま、ゆっくりしていけや」

「ありがとう」



 ウナギの寝床のような縦に細長い店の一階、一番奥の小上がりに二人は腰を落ち着けた。

 出されたおしぼりで手と顔をごしごしと拭いた後、勇輔はにこにこ笑いながら言った。「ここな、俺ん家から酒、卸してんだ」

「そうなんだ」冬樹はまだ落ち着かないように腰をもぞもぞさせていた。

 勇輔はお通しの蛸わさに箸をつけながら言った。

「こんな居酒屋ってな、食いたいもん、その場で決めて、すぐに持ってきてくれっから、気楽でいいんだ」

「そうなの」

「それにな、結構ヘルシーなんだぜ。野菜もいっぱい使ってるし。何飲む? 冬樹」

「え? あ、ああ。飲み物ね。どんなのがあるの?」

「おまえ、来たことねえのか? こんな店」

「あるわけないでしょ。まだ未成年なんだから」

「家族と一緒に来たりとか」

「両親はあんまりお酒飲まないし……」

「へえ」


 勇輔は飲み物メニューを広げて冬樹の前に置いた。

「いろいろあるんだね……」冬樹はそれを眺めていた。「お酒ばっかり……」

「当たり前だ。飲み屋なんだから」

「先輩は何にするの?」

「俺か? 俺はノンアル・ビール」

 冬樹は呆れたように眉尻を下げた。「そんなに好きなの?」

「うめえよ。それに、なんかもう大人になった気がするじゃねえか」

「そんな焦らなくても、そのうち自動的に大人になるでしょ」

「いいだろ、人の勝手だ」


「じゃあ僕、ウーロン茶でいいや」

「おし!」

 勇輔は手を上げて若い店員に合図を送った。

「飲み物はノンアルとウーロン茶。焼き鳥の盛り合わせとオーガニックサラダ、とりあえず持ってきてくんねえか」

 その店員は勇輔を見下ろしてため息をついた。「あのな、勇輔、いくらノンアルでも、未成年には飲ませるな、って上からお達しがきてるの、知ってるか?」

「そうなのか?」

「みだりにアルコールへの依存を早める、ってな」

「けっ! なんのためのノンアルだっつーの。俺、家でよく飲んでるぜ」

「おまえん家は酒屋だろ?」

「わかったよ、うっせーな。最初の一杯だけにすっから」

「ったく……。わかったのかわかってないのか……」

 そのバイト店員は厨房に戻っていった。


「知り合い?」冬樹が訊いた。

「ああ、俺の中学時代のタメ。高校中退してここでバイトしてやがるんだ」

「そう」

「高校行ってた時より生き生きしてんな、あいつも。こんな仕事が合ってんじゃねえかな」

 勇輔はまた小鉢に箸を伸ばした。

「先輩はよく来るの? ここ」冬樹も箸を割って、テーブルの小鉢の中のタコをつまみ上げた。

「お得意さんだぜ。ま、ここも酒屋の俺ん家のお得意さんだがな」

「そりゃそうだ」冬樹は笑ってタコを口に入れた。「か、辛っ!」

 わははは、と笑って、勇輔は言った。「わさびは苦手か? 冬樹」

「こ、このタコ、わさびがまぶしてあるの?」

 冬樹は頭を抱えて、しかめっ面をしていた。

「来たぜ、飲みモン」勇輔がおかしそうに言った。

 テーブルに置かれたウーロン茶のグラスを慌てたように両手で抱えて、冬樹はごくごくとそれを飲んだ。


「おまえも飲んでみるか?」勇輔は、ジョッキに入ったノンアル・ビールを一口飲んだ後、にやにやしながら言った。

「う、うん」

 冬樹はそれを手にとって、恐る恐る口に入れた。

「苦い」

 わははは、とまた勇輔は笑った。「苦いか、やっぱ」

「でも、悪くないかも」

「おっ! おまえも気に入ったか?」

「でも、さすがにごくごくは飲めない」

「二十歳過ぎたら堂々とビール飲もうな」

 勇輔はテーブルに身を乗り出して、嬉しそうに冬樹の肩を叩いた。



「あ、あのさ、冬樹」勇輔は、砂肝の串を手にとって、少し目を伏せながら小さな声で言った。

「え?」

「今夜、お、俺に、その……い、入れてくれないかな」

「えっ?」冬樹は真っ赤になった。「い、入れる?」

「も、もし、良かったら、の話だけどよ」

「い、入れるって……ぼ、僕のを? 先輩に?」

「そ、そう……」

「口……じゃなくて?」

 勇輔はこくんと頷いた。「い、いやか?」

 冬樹は少し考えて、おどおどしながら言った。

「僕、やったことないけど……」

 勇輔は顔を上げてぎこちなく笑顔を作った。

「やってみてくれよ。俺、おまえともっとしっかり繋がりてえんだ」

 冬樹は顔を赤くしたまま、同じように赤面している先輩の顔を見つめた。



 居酒屋で食事を済ませ、冬樹と一緒に家に戻った勇輔は、すぐに二階の自分の部屋にその小柄な恋人を招き入れた。

「あれ、なんか妙に片付いてやがるな……」

 ドアを開けた勇輔が自分の部屋を見回しながら呟いた。

 その時、隣の部屋のドアが開いて、うららが顔を出した。「お帰り、兄貴。いらっしゃい、冬樹」

「あ、うららさん」冬樹は気をつけの姿勢でうららに向き直り、思わず最敬礼をした。

「あははは! 何緊張してるの?」

「お、お邪魔します」冬樹は顔を赤くしていた。

「兄貴が変なことしたら、大声出してね。あたし、いつでもレスキューしてあげるから」

 そう言ってうららはぱちんとチャーミングなウィンクをした。

「なーにがレスキューだ。大きなお世話だっつーの」勇輔は吐き捨てるように言った。「掃除したのもおまえか? 妹」

「デリカシーのない兄貴に任せてらんないよ。ぐちゃぐちゃのめちゃくちゃだったじゃん。誰だって見かねるよ」

「余計なことしやがって……」

「見られちゃまずいものでも?」

「ねえよ! そんなの」勇輔は大声を出した。

「ムキになっちゃって……」うららはにやりと笑った。

「ムキになんてなってねえし」

「ティッシュも補充しといたからね」

「うっせえ!」勇輔はさらに大声を出した。「もう消えろっ!」

 勇輔は冬樹の腕を取り、部屋の中に引き込み、バタンとドアを閉めた。



 先に勧められて、冬樹は入浴を済ませた。

「じゃ、俺入ってくっから」勇輔は肩に着替えのノースリーブシャツを掛け、ショートパンツを手に持った。「それ、飲んでていいからな、冬樹」

「ありがとう、先輩」

 勇輔の机の上に、トレイに乗せられたリンゴジュースの缶が置かれていた。


 部屋はエアコンが効いて、ひんやりとしていた。湯上がりの肌にひどく心地よかった。

 冬樹が床のカーペットに座って、ジュースの缶を口に運んだ時、ドアがノックされた。「冬樹、いい?」

 それはうららの声だった。

「あ、うららさん。いいよ、どうぞ」

 ドアを開けたうららは手に同じリンゴジュースの缶を持って部屋の中に入ってきた。

 冬樹は少し緊張したように、座り直した。

「おいしいでしょ? このジュース」

「え? う、うん」

「わざわざ青森から入荷してるんだよ」

「そ、そうなの?」

「やっぱり本場は違うよね」

 うららはにっこりと笑った。

「でも冬樹、そういう甘いのは飲むんだ」

「果汁系は好きだよ、僕。いくらなんでもジュースまで苦い方がいいなんて思わないよ」

「それもそうだね」

 うららはまた愛らしい笑顔を見せた。


「冬樹さ、あたしなんかほっとしてる」

「え? ほっと……してる?」

「うん。今でもあたし、冬樹のこと好きだけど、あのまま気まずくなって口も訊けなくなるより、ずっといいもん」

「そ、そうだね。僕も……」冬樹はうつむいていた顔を上げた。「うららさんにはとっても申し訳ないことしちゃったし、こうして友だちでいてもらえることは、すごくラッキーだと思うよ」

「うん」うららはまた笑顔で冬樹を見た。

「あ、ご、ごめん、なんか自分勝手なこと言ってるよね、僕」

「そんなことない。冬樹が言ってる通りだよ」うららはジュースを一口飲んで続けた。「いい感じの友だちでいられそうだよね、あたしたち。兄貴のおかげで」

「うん」冬樹はようやく頬の筋肉を緩めて笑った。「そうだね」


「ところで、」うららは躊躇いがちに言った。「冬樹、兄貴とさ、そ、その……」

「何?」

「か、身体のか、関係に、その……なっちゃってるの?」

 うららの顔は赤く染まっていた。

 冬樹もひどく赤面していた。

「そ、それは、あ、あの……」

「ご、ごめん、プライベートなこと訊いちゃって」うららは慌てて顔を上げた。「ほんとにごめん。聞かなかったことにして」

「う、うん……」冬樹はうつむいて頭を掻いた。


 うららは立ち上がり、慌てたようにドアを開けた。「じゃ、じゃあ」

 冬樹は顔を赤くしたまま、ぎこちない笑みを浮かべてうららの背中に手を振った。


 うららと入れ違いに勇輔が入ってきた。そして怪訝な顔をした。

「なんだ、冬樹、妹と何かしてたのか?」

「べ、別に、ただ話してただけだよ」

「ほんとか?」

 勇輔は手に持ったコーラを一口飲んで、冬樹の前にしゃがみこんだ。

「おまえ、まだうららのこと……」

 冬樹はむっとしたように勇輔を睨み大声を出した。「僕を信用してよ! ほんとに話してただけだって」

 勇輔は、びっくりしたように一瞬肩を震わせた。


 少しの間の沈黙が流れた。


「ご、ごめん、冬樹」

「……信用してよ」冬樹の声は少し震えていた。「僕、そんな器用な男じゃない」


 勇輔はうつむいた冬樹の肩にそっと手を置いた。そして顔を上げさせ、その潤んだ瞳を見つめた。

「ごめんな、冬樹」勇輔は優しい笑顔を作った。「俺、おまえしか見ないから、おまえも俺だけを……見てくれ」

 そして二人は柔らかく唇を重ね合わせた。


 勇輔は冬樹の耳に口を寄せ、囁いた。「いいか? 冬樹」

 冬樹はこくんと頷いた。



 勇輔と冬樹は、立ち上がり、着ていた服を脱いだ。そして二人とも下着一枚の姿になった。

「ジョックストラップ……」

 冬樹は逞しい勇輔の身体を見て頬を赤らめ、ごくりと唾を飲み込んだ。

「ちょっといやらしいか? やっぱり」

 冬樹は首を横に振った。「全然。僕そんなの好きだよ」

「そうか。良かった」

「先輩の水着姿にもとっても興奮したけど、それもとってもセクシー。いつもそんなの穿いてるの?」

「ああ」

「着替えの時に、何か言われない?」

「水泳部の奴らにはエロ勇輔って言われてっけどな」

「先輩は平気なの?」

 勇輔は肩をすくめた。「全く気にしてねえよ。これが俺のスタイルだかんな」

 冬樹は誇らしげに勇輔の目を見つめた。「強いんだね、先輩」

「そんなんじゃねえけどよ……」勇輔は頭を掻いた。


「って、おまえもなかなかきわどいパンツじゃねーか」

 冬樹は黒のビキニタイプの下着を穿いていた。

「こんなの、嫌い?」

「萌えるね」勇輔は笑った。「こないだプールサイドでもこんなんだっただろ? そんなおまえの姿見てっと、飛びかかりたくなっちまう」

「いいよ、飛びかかっても」

 冬樹はそう言うなり、自分の方から勇輔に抱きついた。


 二人はそのままきちんとカバーが掛け直されたベッドに倒れ込んだ。そして冬樹は勇輔を下に押さえ込んで、激しく口を交差させ、舌を差し込みながら熱い吐息をその中に吹き込んだ。

 勇輔はうっとりしたように目を閉じ、冬樹の華奢な背中を抱きしめながら小さく呻きながら、情熱的な彼のキスに応えた。


 冬樹は口を離し、勇輔の目を見つめて、恥ずかしげに微笑んだ。「先輩、ごめん、僕、乱暴だよね?」

「俺はこういうシチュエーションが好きだ。気にすんな。もっとワイルドでもいいぜ。だけど、」勇輔は冬樹の鼻を人差し指でつついた。「眼鏡ぐらい外したらどうだ? 焦りすぎだぞ、冬樹」

 そして勇輔はそっと冬樹の眼鏡を外し、ベッド横のサイドテーブルに置いた。

 冬樹は身体を起こして照れたように頭を掻いた。


「おし、冬樹、下になれ」

「え? う、うん……」

 勇輔は冬樹をベッドに仰向けに横たえた。そして唯一身につけていた小さな下着の脇に手を掛け、ゆっくりと下ろし始めた。


 冬樹はぎゅっと目を閉じていた。


 黒い下着が脚から抜かれると、跳ね上がった冬樹のペニスが先端から透明な液を飛ばした。

「すげー、冬樹、もうこんなになってるぜ」

「は、恥ずかしいこと言わないで」冬樹は両手で自分の顔を覆った。

「こないだのお返し」

 勇輔はそう言って、躊躇わず冬樹の熱く脈動しているものを両手で握った。

「あっ!」冬樹は慌てて頭を持ち上げた。「先輩ー」

 勇輔は、すでに紅潮させた顔を冬樹に向けた。

「どうした? 冬樹」

「ちょ、ちょっと、恥ずかしいよ」

「なんで?」

「だ、だって、それ、人に触られるの初めてで……」

「うーん。確かに俺もちょっと恥ずかしい。自分以外のものを触るの初めてだかんなー」

 勇輔はしばらくの間、冬樹のその温かな持ち物を撫でたりさすったりした。

「先輩ー」冬樹は両手でまた顔を覆ったまま、情けない声を上げた。

「おお! すげえ。もうこんなにでっかく……」

 冬樹のそれは勇輔の手の中で硬く、大きく反り返り、どくんどくんと脈打ち始めていた。

「カウパーもいっぱい出てっぞ、冬樹」勇輔は面白そうに言った。

「は、恥ずかしいコト、言わないでよっ!」冬樹は息を荒くしながら顔を上げた。

 上目遣いで彼と目を合わせた勇輔は、小さな声で言った。「こんだけ硬けりゃ、大丈夫だな。冬樹、俺に入ってきてくれ」


 冬樹は身体を起こし、仰向けになった勇輔の逞しい身体に覆い被さるようにして、じっと彼の目を見つめた。

 下になった勇輔も息を弾ませながら言った。「やってみてくれ、冬樹」

 冬樹は決心したように一度頷くと、勇輔の白いジョックストラップに手を掛けた。

「あ、冬樹、そのまま……」

「え?」

「脱がせねえで、そのままで……」

「う、うん。わかった」


 勇輔は自分の手で両太ももを高く持ち上げた。冬樹は身体を起こした。

 露わになった勇輔のアヌスを見下ろし、冬樹はごくりと唾を飲み込んだ。

「冬樹、来てくれ……」勇輔は絞り出すような声で言った。

「始めは、確か指で……」冬樹は自分の人差し指を舐め、唾液でぬるぬるにした後、恐る恐るそれを勇輔の蕾に当てた。

 勇輔の身体が小さく震えた。


 冬樹は少しずつ指を中に挿入させていった。

「いっ!」勇輔が小さく叫んだ。

 冬樹は慌てて指を抜いた。「あ、ご、ごめん、痛くした?」

「だ、大丈夫、構わねえから、続けてくれ、冬樹」

 再び冬樹は指の挿入を試みた。


 それは少しずつ中に入っていった。ひくひくと指を締め付ける感触が、冬樹の身体を少しずつ熱くしていった。

 勇輔は苦しそうに目を閉じ、額や首筋に脂汗をかいていた。

「そ、そのまま掻き回して……くれ」

 冬樹は半分ほど埋まり込んだ指の先をしきりに動かした。

「ん、んんっ!」びりっとした痛みを感じた勇輔は仰け反り、腰を思わず引いた。その拍子に冬樹の指が抜けてしまった。


 勇輔は焦ったように言った。「お、おまえのものを、入れてくれ、俺に」

 冬樹は最高にいきり立った自分の持ち物をそっと勇輔のそこに宛がった。

「んっ……」勇輔は目をぎゅっと閉じた。

 冬樹は無言のまま、自分のペニスに手を添えて、息を荒くしながら勇輔の中に挿入を試みた。


 しかし、そこは固く閉ざされ、冬樹を受け入れることは不可能だった。


「せ、先輩……」

 冬樹は苦しそうに言って動きを止めた。

「冬樹……」


 下着を大きく膨らませていた勇輔のペニスは、いつしか硬さを失っていた。冬樹のそれも同様だった。


「先輩……」冬樹は涙ぐんで、ぺたんとシーツの上に座り込んでいた。

 勇輔は身体を起こした。「冬樹……」

「ごめんなさい。僕、できなかった……」

 勇輔も身体を起こし、そっと冬樹の身体を抱いた。そして耳元で囁いた。

「元気出せよ、冬樹。そんなに落ち込むな。俺の準備不足」

「どう考えても無理だよ。あんな狭いところに入るわけない……」

「たぶんなんか方法があるはずだ。AVなんかじゃローション使ってたりしてたし……」

「先輩……ごめん……痛かったでしょ? 乱暴してごめんなさい」

「おまえは乱暴なんかしてねえよ」

 勇輔は冬樹のうなじをそっと撫でた。


 二人の間にしばらくの沈黙があった。


 勇輔はいきなり冬樹の頬を手で包み込んで、その潤んだ瞳を見つめながら威勢良く言った。

「おしっ! 一週間後、リベンジだ、冬樹」

「え?」

「今度は絶対おまえと一つになって気持ち良くなっぞ。その道のプロに、俺、教えてもらうから」

 勇輔は優しく冬樹にキスをして、にっこり微笑んだ。

「来週も一緒に居酒屋行って、俺ンちで再挑戦。いいな?」

「先輩……」冬樹は切なそうに勇輔の目を見つめた。

「どうした、冬樹」

「抱いてて、先輩」

 勇輔も冬樹の目をじっと見つめ返した。

「僕、先輩とくっついていたい」

「わかった」勇輔はにっと笑った。


 冬樹も黒い下着を穿き直し、勇輔と並んでベッドに横になった。

「先輩、」

「ん?」

「今さらだけど、どうして僕のことを好きになってくれたの?」

 勇輔は両腕を自分の後頭部に回し、枕にして天井を見つめた。「なんでだろうな。俺にもはっきりとはわからねえ」

 冬樹は少し沈んだ声で言った。「そうなの……」

 勇輔は左腕を冬樹の頭の下に敷いた。「だけど、そんなもんじゃねえのか? 人を好きになるのにちゃんと理由がなきゃだめなのかよ」

 腕枕をされて微笑みが戻った冬樹は、勇輔に顔を向けて言った。「僕は先輩のカラダにノックアウトされた」

「カラダ?」

「うん。水着姿。音楽室でこっそりずっと見てたんだよ」

「ちっ! カラダだけかよ」勇輔は拗ねたようにまた天井を見つめた。

「でも、そこまでは妄想。ほんとに心を持って行かれたのは先輩のキス」

「え?」

「土砂降りの雨の日、キスしてくれたでしょ? 先輩。あれでもう、完全にやられちゃったんだ」

「そうだったんだ」勇輔は小さく笑った。

「先輩のキスは、最高」

「確かなのは、」勇輔は冬樹の頭の下から腕を抜き、身体を横にして冬樹に向けた。「俺、お前の弾くピアノで、どんどん熱くなってた、ってこと」

「そう……なの?」冬樹は照れたように数回瞬きをした。

「不思議なもんだぜ。おまえの弾くピアノの音、俺へのメッセージだって、途中からわかってたかんな」

「うそだよー」

 勇輔は笑った。「ま、俺の勘違いかもしんねえがな。だけど、一度、おまえがピアノ弾いてるのをこっそり見に行ったことがあってよ、その時に俺、めちゃめちゃ身体が熱くなってた。それからは確実におまえの音楽に俺の心と身体は反応するようになった。ほんとだぞ」

「嬉しい……」冬樹は勇輔の胸をそっと指でなぞった。

「おまえの一途な姿に感動したんだ」

「先輩……」

 勇輔は黙って冬樹の頭を撫でた。

「ねえねえ、先輩、」

「何だ?」

 冬樹は顔を赤らめた。「もう一回キスして」


 勇輔は唐突に身体を起こし、冬樹を見下ろした。「イヤだね!」

「えっ?!」

「俺、気に入らないことが一つある。っつーか、どうしても許せねえことが一つだけ」

 冬樹は泣きそうな顔になり、同じように身体を起こした。「な、なに? 僕、なにか先輩を怒らせることした?」

「それだよ、それ! おまえ、いつになったら俺のこと『勇輔』って呼んでくれるんだよ!」

「だ、だって……」

「いつまでも先輩、先輩って呼ばれたかねえや! そもそも『先輩』っつーのは一般名詞であって、誰にでも使える言葉じゃねえか。俺を、俺だけを呼ぶのに相応しくねえって思わねえのかよ、冬樹っ!」

 冬樹はしゅんとなって言った。「でも、僕にとっては先輩だもん」

「かーっ! んなこたわかってら!」

 冬樹は顔を上げた。「なんか、申し訳なくて……。年上の人を呼び捨てにするとか……」

「俺がお前のことを『後輩』って呼ぶのといっしょだぞ? 変だと思わねえのかよ」

「あんまり……」

 勇輔は枕をバンと叩いた。「もういい! おまえが俺のこと『勇輔』って呼ぶまでキスはお預けだ!」

 冬樹は子犬のような目を勇輔に向けて、震える声で言った。「そ、そんなー」

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