Twin's Story 11 "Sweet Chocolate Time"

《2 夏輝の誕生日》

 

 8月。夏輝と修平は夜、ホテルでの食事の後、近くの川のほとりを腕を組んで歩いていた。街の灯が川面に映り、まるでたくさんの白い宝石をばらまいたようにきらめいていた。

 

「おまえ、警部補の昇任試験、受けたのか?」

「ううん。まだ。っつーかさ、あたし交番勤務が好きだから。どうしようか迷ってたりする」

「何で交番が好きなんだよ」

「道を教えてくれ、って訪ねてくるお年寄りやさ、迷子になった、って泣いてる子どもの相手するのが好きなんだよ」

「でもおまえ、すでに巡査部長だろ? 25なのに、それってすごい出世ペースじゃねえの?」

「たかだか主任だよ。偉そうに座って、数人の部下を動かす程度」

「いや、おまえ偉そうに座ってなんかいねえだろ」

「ま、そうだけどね」夏輝は笑った。「そういう修平はどう? 学校は」

「もー大変だよ。中学生のガキどもの相手してっと、一日でへとへとになっちまう」

「あんたでも?」

「おうさ。やつらのエネルギーはハンパねえからな」

「修平だから務まるのかもよ。あたし噂で聞いたよ、」

「何て」

「あんたの中学校は落ち着いてる。よその学校に比べても。ってさ」

「そんだけ苦労してっからな」

「天道先生が生徒の心をしっかり掴んでるから、荒れないんだろうね、ってこないだ交番にお茶のみに来たおばちゃんが言ってた」

「俺の名前が出たのか?」

「あんたが学校で活躍してる話を聞いて、あたし、めっちゃ嬉しくなった」夏輝は笑った。

 

 その時、彼らの行く手を二人の若い男が塞いだ。

 

「ん?」修平は立ち止まり、左手で夏輝の行く手を遮り、彼女の歩みを止めた。

「なんだなんだ、いい雰囲気じゃねーか」

 そう言いがかりをつけてきたのは二人のうち、少し小太りの背の低い男だった。まだ、中学生ぐらいか、と夏輝は思った。

「そうだよ。あたしたち、恋人同士だからね」

「いいねー、羨ましいぜ」もう一人のひょろりと背の高い痩せた男が言って、咥えていた煙草を足下に投げ捨て、つま先で火をもみ消した。

「どうせカネでも脅し取ろうって思ってんだろ? おまえら」夏輝が前に進み出た。

「よくわかってんじゃねーか。話が早い」

「カネよこせ!」背の低い男がすごんだ。

「せっかくのいい雰囲気を壊されっとな、無性に腹が立ってくる」修平が言った。「おまえら返り討ちの覚悟はできてんのか?」

「それに今日はあたしの誕生日なんだよね」

「それがどうした!」

「邪魔しないでくれる? 今から素敵な時間を過ごそうって思ってたところなんだからさ。二人っきりで」

 

「俺たちにゃ関係ねえよっ!」痩せた男は近くに落ちていた工事用の金属パイプを手に取った。

 

「やめた方がいいよ。そんなことして、あたしたちに怪我させたら刑法第204条『傷害罪』で10年以下の懲役か30万円以下の罰金。幸い怪我しなくても刑法第208条『暴行罪』で2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金だ。ま、あたしたちがそんなんで怪我したりはしないけどね」

「な、何わけのわかんねえこと言ってやんだ!」男が興奮して叫んだ。

「すでにあんたたちはあたしたちを脅してカネを取ろうと思っている以上、故意であることは明らか。過失よりも罪は重いんだよ? ちなみに恐喝は10年以下の懲役」

「て、てめえ!」

「見たところ、おまえたちまだ未成年なんだろ?」修平が言った。「おまえら今から人生棒に振ってどうすんだ。早めに考え直せ」

 

「うっせえ、うっせえ!」男は持っていたパイプを振りかざし、修平に殴りかかった。修平は素早く身をかわした。金属パイプの先端がコンクリートの道路に当たって耳障りな音を立てた。その瞬間、修平はそのパイプを蹴り上げた。「あっ!」男の手を離れ、宙に回転しながら舞い上がったそのパイプは落ちてきた時、修平の手に握られていた。武器を奪われた男は怯んだ。

 

「俺たちの行為は、正当防衛。そうだろ? 夏輝」

「刑法第36条、『急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない』」

 修平はその棒を剣道でいう下段の構えをしたまま動かなかった。男はそれを見て、なかなか修平に近づくことができないでいた。

「ざけんじゃねえ!」突然、痩せた男が修平ではなく夏輝に飛びかかった。「こうなったら、女をレイプしてやる! おい、押さえろ!」

 背の低い男がすぐにやってきた。そして夏輝を後ろから羽交い締めにした。痩せた男はいきなり夏輝の胸を触り始めた。

「ぎゃははは! く、くっ、くすぐったい、やめろっ!」夏輝は大笑いしながら肘で後ろの男のみぞおちを突くと、胸を触っていた男の腕を捻り上げた。「い、いて、いててててて!」

 

「そんな触り方じゃ、あたし感じないよ。くすぐったいだけ」

「こっ、このやろー!」腕を掴まれた痩せた男は顔中脂汗まみれになっていた。

「動かない方がいいよ。ヘタに動いたら関節外れるよ」そして夏輝は腕を掴んだ手に力を込めた。

「ああっ! 痛い! 痛い痛い!」

「あたしが気持ち良くなるおっぱいの触り方を知ってるのは、ここにいる修平だけなんだよ。坊ちゃん」

「諦めろ、ガキども」修平は夏輝の背後で腹を押さえてうずくまっている男と、腕を夏輝に掴まれて苦しんでいる男の頭を持っていたパイプで軽くコンコンと叩いてやった。そして修平はそのパイプを投げ捨てた。

 

 その時、一人の体格のいい男が駆け寄ってきた。「おまえら、何やってんだ!」

 

「あっ、先輩!」うずくまっていた小太りの男が身を起こしてよろよろとその男に駆け寄り、身を寄せた。「こっ、こいつらが、」

「『こいつらが』、どうしたって?」修平が言った。

「お、俺たちを、」

「『俺たちを』、どうしたって?」夏輝が痩せた男の腕を解放して言った。その少年も先輩と呼ばれた男のそばに身を寄せた。

 

「いいがかりをつけたのか? こいつらが」

「ま、そんなところだ」修平はそう言いながら目の前のその男をいぶかしげに見た。どこかで会ったことがある、と思った。見たところ、自分と同じぐらいの年格好だ。

 

「この子たち、まだ中学生なんだろ? こんな夜遅くにこんな所でカツアゲ行為してるなんて、穏やかじゃないね」夏輝が両手を腰に当てて言った。

「すまん」男は丁寧に頭を下げた。

「どうやらおまえの手下、ってわけじゃなさそうだな」

「おまえ、天道だろ?」

「え?」

「相変わらずだ。おまえの気迫」

「誰なの?」夏輝が言った。

「高校時代、剣道の総体で、おまえと団体戦で戦った相手だ」

「あ、あの時の、大将の……。田中、確か田中っつったな」

「あの時も負けたが、今でも俺は、おまえには勝てないだろうな。剣の腕は落ちてないようだ」

 

「おまえ、こいつらと……、」

「こいつら、俺を慕ってる。あんまり家にいたがらないやつらでね」

「家出少年をかくまってるのか?」夏輝が聞いた。

「結果そういうことになってる」

「なんで、また……」

「俺自身、高校出て、就職したが、会社がつぶれた」

「いきなり倒産したのかよ……」

「俺のせいじゃないのに、両親に咎められた。それから毎日のように親からイヤミを言われたり鬱陶しがられたりした。俺はいたたまれなくなって家出した」

「思春期でもねえのに、なんだよ、その突っ走った態度」修平は遠慮なく田中の行動を批判した。

「結局引っ込みがつかなくなっちまったんだよ」

 

「この二人の未成年のことも考えると、」夏輝がいつの間にか後ろで大人しくなってしまった二人の少年を見て言った。「やり直した方がいいんじゃない?」

「親に心配かけるもんじゃねえぞ、二人とも」修平が言った。

 小太りの少年が言った。「あんな分からず屋の親なんか、大っ嫌いだ! いなくなっちまえばいいのに」

 

 それを聞いた修平は、いきなり少年に歩み寄り、胸ぐらを掴んで前に引きずり出した。「何だと! もういっぺん言ってみろ!」

 

 そのあまりの剣幕に少年は怯えた顔で修平を見上げた。

 

「親に甘えたくても、甘えられないヤツが世の中にはいるんだぞ! てめえ、父ちゃんも母ちゃんも当たり前に生きてんのに、何ふざけたこと言ってやがるんだ!」修平は左手を振り上げた。少年は驚いてぎゅっと目をつぶった。

「やめなよ! 修平!」夏輝がその手を掴んだ。「怯えてるじゃないか、放してやりなよ」

「許せねえ! 親のことをいなくなれなんて言うヤツは許せねえ! 夏輝っ! おまえ、悔しくねえのかよっ!」

「わかった。わかったよ。いいから放して、ほら」夏輝が優しく言った。修平はようやく少年を掴んでいた手を離した。

 

 修平を背にして、夏輝が優しく言った。

「おまえら、家を出てどれくらい経つ?」

 

 二人は黙っていた。

 

「俺のアパートに時々やって来るんだ」田中が言った。

「時々、ってことは、住む家もあるし、養ってくれてる親もいるわけだろ? おまえら」

「…………」

「今のうちに頭使って、身体使って、自立するためにもがくんだ。大人になってからじゃ遅いぞ!」

「な、夏輝さん……」

「なんだよ、もうあたしの名前覚えたのか?」

「うん」小太りの少年は、出会った時とはまったく別人のように素直にうなづいた。

「かわいいとこ、あるじゃない。それに、おまえも、」夏輝は痩せた少年に目を向けた。「おまえの年齢ぐらいなら、女の乳に興味があることぐらい、わかってるよ。だけど、それも勉強しなきゃうまくいかないんだぞ」

「俺、勉強なんか嫌いだし」

「違う、その勉強じゃないよ。おっぱいの触り方だとか、女のコへの声のかけ方だとかの勉強だ」

「え?」

「ここにいる修平も、最初のエッチの時なんか、超へたくそだったんだぞ。あたし即刻別れちまおうか、と思ったぐらいだ」

「悪かったな」修平がぼそっと言った。

 

「あたしは二丁目の交番にいつもいるからさ、遊びに来いよ、時々」

「え? あんた、お巡りさんだったの?」

「都合よくね」夏輝がウィンクをした。

「相手が悪かったな」修平が言った。

「夜、自分の将来のことを考えながらとぼとぼ歩いているところを、二丁目の交番のお巡りさんに保護されました。親にはそう連絡する。いいだろ?」

「田中んちにも時々行ってもいいじゃねえか。前向きに相談に乗ってくれるんだろ?」修平が言った。

「俺自身が、まだいっぱいいっぱいだからな……」田中がうつむいて言った。「こいつらになつかれるのは悪い気がしない。でもな、俺を手本にされてもな……」

「少なくとも大人なんだし、こいつらより長く生きてる分、教えることもいっぱいあるだろ?」

「ま、まあな……」

「将来ある中学生の人生をまっとうにしてあげなよ。せっかく知り合ったんならさ」

「天道、おまえ、今は……」

「俺か? 俺は今中学校の体育の教師やってるよ」

「おまえらしいな。剣道も続けてるんだろ?」

「ああ。道場には通ってるぜ。おまえも来いよ」修平は笑って田中に手を伸ばした。「気晴らしに」田中は少しためらいながらもその手を握り返した。

 

「今ならまだ引き返せるから、安心しな」夏輝が中学生の二人の前にしゃがみこんで笑顔で言った。「むしゃくしゃしたら交番に来いよ。おっぱい触らせたりはしないけど、話はどんだけでも聞いてやるよ。あたし暇だからね」

 

 

「夏輝っ!」修平はシャワーを浴びていた夏輝の身体を後ろから抱きしめた。

「もう、修平ったら、我慢できないの?」夏輝は頭だけ振り向かせて言った。

「夏輝、夏輝っ!」修平は両手で濡れた夏輝の二つの乳房を包みこみ、乱暴に揉み始めた。「んんっ……」夏輝が小さく呻いた。彼女は修平に背中を向けたまま、右手を修平の股間に伸ばし、太く大きくなった彼のペニスをぎゅっと強く握りしめた。「うっ!」修平が呻いた。

「まだだめ」夏輝は小さく言った。「シャワーできれいにしてからじゃないと、あたし、あっ!」修平はその夏輝の手を無理矢理引き離すと、両手で彼女の腰を掴み、秘部にペニスを押し込んだ。「シャワーのあとでも、またしようぜ、夏輝。んっ、んっ、んっ!」修平は夏輝の背後に立ったまま、焦ったようにペニスを彼女の中に出し入れし始めた。

 

「あ、あああ……しゅ、修平!」夏輝はバスタブの縁に両手をかけ、前屈みになって修平の与える刺激を受け入れ始めた。

「ああ、夏輝、夏輝っ!」修平の腰の動きが激しさを増してきた。「お、おまえが好きだ! 愛してるっ!」

「あ、あたしも、修平、修平っ!」

 

「ぐうう……」修平の腰のあたりにしびれが走った。「で、出る、出るっ! 夏輝ーっ!」

 

「ああああ! あたしも、イくっ!」夏輝の身体がぶるぶると激しく震えた。

 

 

「相変わらず無骨で乱暴」大きなベッドに並んで横になった夏輝と修平は、全裸で抱き合い、お互いの目を見つめ合っていた。

「おまえ、好きだろ? そういうの」

「好きかどうかは別として、あたし修平のやり方に、もう慣れた」

「他のやり方でされたこと、あんのかよ」修平が訊いた。

「あるわけないでしょ。なにムキになってんの?」

「おまえ、俺以外の男に抱かれたこと、ないんだろうな」

「まったく、中学生みたいに嫉妬深いね、あんた。いつまでたっても」

「どうなんだよ!」

「ある、って言ったら?」

「そいつをギタギタにしてやる」

 

「例えば、その相手がケンちゃんだったら?」

「お、おまえケンタと寝たことあんのかよ!」修平が身を起こした。

「あるわけないでしょ」

「ホントか?」

「たまには、あたしの言うことも一発で信じなよ」夏輝は呆れて言った。「でもさ、ケンちゃんいいカラダしてるから、あたし、何度か抱かれたいな、って思ったこと、あるよ。高校ん時」

「高校ん時い?!」修平は必要以上にびっくりして言った。

「何? 何なの? その驚きよう……」

「じゃ、じゃあ、おまえがもしその時あいつに抱いて欲しいって言ってたら、俺とおまえは今こうして抱き合っていることはなかった、ってことか!」

「な、なんでそうなるんだよ」

「だって、ケンタ、おまえが好きだったんだぞ、あの頃」

「それってさ、本当なの? 春菜もあん時言ってたけど」

「本当さ。『俺、夏輝にコクってもいいか』って電話で言ってた

「ホントに?」

「おまえが俺にコクった日の前の晩だった」

「へえ」夏輝は笑った。「何か運命的なものを感じるね」

「運命的だあ?」

「ちょっとしたきっかけで、人生どうなるかわからない」

「おまえ、俺とケンタ、どっちでも良かったのかよ」

「そういう意味じゃないよ。それにもし、あたしがケンちゃんとつき合い始めたとしても、すぐに別れたと思うよ」

「なんで?」

「あたし、ケンちゃんには合わない女だからね」

「わかんねえだろ。つき合ってるうちに、お互いが必要不可欠になっていってたかも知れねえじゃねえか」

「何よそれ、たった今、ケンちゃんにヤキモチやいてたくせに」夏輝はまた呆れて言った。そしてすぐ優しい口調で続けた。「でも、よかった。あんたで」

「どうしてだよ」

「ケンちゃんとつき合って別れたら、その後が気まずいじゃん。前みたいに仲良しの友だちではいられなくなるよ。それはつらい」

「確かに……」

「ケンちゃんを恋人としては見られない。それは昔も今も同じ」

「俺は?」

「修平は思いっきり恋人にしたい男。昔も今も、これからも」

 

「そうか……」修平は再び夏輝の側に横になり、優しく背中に右腕を回した。

「やっと安心した?」

「おまえが隣にいると、俺、すっごく落ち着く」

「落ち着いてたようには見えないけどね」

「落ち着いてんだよ」

「わかったわかった」夏輝は微笑んだ。

「これからもずっと隣にいてくれっか?」

「いるよ。もちろん」

 

「俺の戸籍の隣にも?」

 

「え?」夏輝ははっとして修平の目を見た。「そ、それって、どういう……」

 修平は後ろ手に隠していたジュエリーケースを夏輝の目の前に差し出した。

「……結婚、しようぜ」

 

 夏輝は目を潤ませた。「修平……」

 

「修平っ!」夏輝はもう一度そう叫ぶと、彼の逞しい身体を力任せに抱きしめた。