Twin's Story Chocolate Time 外伝 "Hot Chocolate Time" 第3集 第3話

 

海の香りとボタンダウンのシャツ


8.決意の夜

 洋輔はその日の夕方、杏樹を誘った。

 街の駅近くのそのホテルには、有名なステーキハウスが入っていた。彼はそこを杏樹のために予約していた。

「洋輔君、こんな高級なお店、予約してたの?」

 杏樹はホテルのロビーのエレベーター前で言った。

「心配すんな。ここは俺が持つ」そう言って洋輔は杏樹の肩を抱いた。「帰るのは明日の朝でいいな?」

 

 ホテル最上階の展望レストランフロアにはそのステーキハウスと和食処、中華料理の店が入っていた。

「杏樹、イタリアワインが好きだったな? キャンティの赤でいいか?」

「洋輔君……どうしたの? ほんとに。なんかいつもと違う感じ……」

 洋輔は少しだけ寂しげな笑みを浮かべた。「おまえにはこれまで何もしてやれなかったしな……」

「そんなことないわ」杏樹はうつむいた。

「俺の好き勝手なトコばっか連れ回しちまって……」洋輔は頭を掻いた。「今夜はその……お詫びっていうか……」


 杏樹はテーブルの向かいに座ったその男性に目を向けた。自分とのデートでは一度も着たことのないぱりっとアイロンの掛かった浅黄色のシャツに臙脂のネクタイ。そしてこれも杏樹が初めて目にする身を固くして唇を噛みしめた洋輔の姿……。


 杏樹は努めて明るい声で言った。

「注文しましょう。私お腹空いちゃった」

 洋輔は顔を上げて切なげな目をした。「そうだな……」

 そして彼はカウンター近くに立っていたホールスタッフの女性に軽く手を上げて合図をした。



「すごいお部屋……」

 洋輔はドアを閉めて振り向き、先に中に通した杏樹に身体を向けた。「いい感じだろ?」

「あの、こんな高級ホテルの部屋って、その……」

「大丈夫。おまえは何も心配することはねえよ。もう払いは済んでる」

「え?」

「カードでな。予約した時」

「そ、そんな……洋輔君」

 杏樹はひどく申し訳なさそうな顔をした。

 洋輔は肩に掛けていたバッグをクローゼットの前に置かれていた荷物置きに乗せて、杏樹の背後に立ち、その上着をそっと脱がせた。「俺、けっこう貯め込んでんだぜ」

「でも……」

「こんな特別な時に使うためにな」

 洋輔は振り向いた杏樹にウィンクをした。

「洋輔君……」

 洋輔は急に真顔になり、杏樹の両肩に手を置いてそっと唇を重ね合わせた。



「いいの、洋輔君、今は大丈夫なの。だからそのまま来て」

 杏樹はベッドに仰向けになったまま両腕を伸ばして懇願した。

 洋輔は手に持った避妊具の包みを開けて、中の物を取りだした。「いや、杏樹、もしもってこともあるだろ?」

「洋輔君もそのままの方が気持ちいいんでしょ? 遠慮しないで」

「俺に気い遣うこたねえよ」洋輔は笑って杏樹に覆い被さった。「何も考えずに気持ちよくなれよ、杏樹」

 洋輔は杏樹の唇を味わい始めた。何度も口を開いたり閉じたりして杏樹の柔らかな唇や舌を慈しんだ。杏樹は甘いうめき声をあげながらそのとろけるような洋輔の行為を受け入れていた。


 やがて洋輔の手と唇が杏樹の丸く柔らかなバストを愛し、腰に手を回して彼女の中心を愛した。

 いつになく杏樹の身体は熱くなっていた。今までとは違うその、まるで壊れ物を扱うような洋輔の行為に、杏樹は夢見心地になっていた。


「いくよ、杏樹」洋輔が小さく言った。杏樹は大きくうなずいた。

 杏樹の潤った谷間に洋輔の鋭く天を指したペニスが宛がわれ、そのまま中に入り始めた。

「痛くねえか? 杏樹」息を弾ませながら洋輔は言った。

「気持ちいい、洋輔君、とっても気持ちいい……」

「そうか」

 洋輔は腰を動かし始めた。その度に杏樹は身体をよじらせながら喘いだ。


 洋輔の全身に汗が光り、その身体を杏樹に密着させて彼が背中に腕を回した時、杏樹は彼の身体をぎゅっと抱きしめてごろりと横に回転した。


 洋輔を下にして押さえつけながら、杏樹は身体を起こし、繋がり合ったまま激しく腰を上下に動かした。

「杏樹?!」洋輔は驚いて目を剥き、頭をもたげた。

「洋輔君、イって! 私といっしょにイってっ!」

 杏樹の腰の動きがにわかに大きくなった。洋輔は絶頂を予感した。

「あ、杏樹、杏樹っ! すまねえ、イく! 俺、イくっ!」

 洋輔はぐっと身体を弓なりにした。

 あああ、と杏樹も顎を上げて身体をぶるぶると震わせた。


 どくどくっ!


 杏樹の身体の奥深くで、洋輔自身が激しく脈動しながら弾けた。



 洋輔も杏樹も下着を着け直してベッドで抱き合っていた。

 洋輔のまだ汗ばんだ胸に顔を埋めて、杏樹は口を開いた。

「洋輔君、ありがとう」

「気にすんな」

「私の人生で最高の思い出になるわ」

「大げさだ。杏樹」

 杏樹は顔を上げて洋輔と目を合わせた。

「あなたを縛りつけちゃって、ごめんなさい」

「え?」

「私、後悔してるの」

「何を?」

「貴男と結婚したい、って口にしたこと」

「なんでだよ」

「貴男にはそんな気がないのに、私だけ勝手に先走っちゃって」

「杏樹?」


 洋輔は唇を噛んだ。

「わかってる。貴男の心はもう他の誰かに持って行かれてるってこと」

「……」

「私とお付き合いする前からそうだったのよね?」


 洋輔は突然身を起こし、ベッドから降りて床に手を突いた。「すまねえっ!」

 そして額を自分の手の甲に擦りつけた。

「洋輔くん! やだ、やめて、そんなこと」

 杏樹も慌ててベッドから降りて洋輔の手を取り、顔を上げさせた。洋輔は泣きそうな顔で杏樹を見つめ返した。

「俺、お前を弄んでた」

「いいの。謝らないで、私は大丈夫だから」

「杏樹、杏樹っ!」

 洋輔はまた頭を下げた。


 杏樹は正座をしてうなだれたままの洋輔の背中に手を回してそっと抱いた。

「明日の朝まで……私の恋人でいてくれる?」

 洋輔は嗚咽をこらえて肩を震わせていた。

「素敵な時間を、ほんとにありがとう、洋輔君……」

 杏樹は洋輔の耳に頬をそっと擦りつけ、首筋にキスをした。