Chocolate Time 外伝 第3集 第7話

そのチョコを食べ終わる頃には


《第1章》「その警察官、秋月 遼」  《第2章》「その秘密の出来事は」     《第3章》「そのチョコを食べ終わる頃には」   

第3章「そのチョコを食べ終わる頃には」 2

 その二日後、利恵は遼が交番所長を務めるすずかけ二丁目交番に出向いた。

「寒かったでしょう、さあ、どうぞ、先生」

 コートを脱いだ利恵を、遼は奥の市民相談室に案内した。

「すみません、殺風景な所で。シンチョコでも良かったんですが」

「ううん。秋月くんと二人だけで話がしたかったから」

「そうですか」

 その四畳半ほどの広さの部屋は、真ん中に楕円形のレッドオーク材のテーブルが置かれ、肘置きのついた椅子が向かい合って二客。四方の壁は薄めの鴇色で、天井の二カ所に採光用の窓、照明用の電灯も温かみのある黄みがかった光りを穏やかに投げかけていた。奥の壁に大きなモネの睡蓮の絵が掛けられている。

「何だか想像してたのと違う……」

 利恵が壁や天井を見回しながら言った。

「どういう部屋を想像してたんですか? 先生」

「なんか、もっと冷たい感じで、椅子もパイプ椅子みたいな……」

 遼は笑った。

「ここは『市民相談室』であって取調室ではありませんよ」

「落ち着ける雰囲気がいいわね」

「僕のこだわりです。市民の方がリラックスして話ができるように」

「さすがね。秋月くんらしい……」利恵はくんくんと鼻を鳴らした。「あれ……この匂い……」

 遼は少し照れたように微笑みながら、後ろの棚に置いてあった、短い竹のスティックが数本刺さったアロマディフューザーを手に取り、テーブルに置いた。「ローズマリー」

 利恵も微笑んだ。「へえ、どうして?」

「先生が来られるというので、昨日ドラッグストアで買ってきました。」

「覚えててくれたのね」

 

 二つの湯飲みに茶を注ぎ入れ、その一つを利恵の前に置いて、テーブル越しに遼は向かい合って座った。

 利恵はかしこまって背筋を伸ばした。

「懺悔させて欲しいの」

「え? 懺悔?」

 思いがけない言葉が利恵の口から出てきたので、遼は驚いて訊き返した。

「ざ、懺悔って、どういうことです? 先生」

 利恵は顔を上げ、寂しげに微笑んだ。

「昔話をするね。私の夫はずっと車椅子生活だったでしょ? だから夫婦の営みもずっとできずにいたの。私が高一の貴男を誘った時にも言ったけど、女の私でも身体が火照って仕方ないことって度々あるのよ」

「はい。わかります」

「あ、いいの? こういう話の内容でも」

「全然構いません。先生がお話ししたいことを何でも仰って下さい」

「ありがとう」

 利恵は湯飲みを持ち上げて茶を一口すすった。

「夫の剛さんもそのことは理解してて、不能な自分が情けない、ってよく言ってた。でも私はそれを承知で結婚したわけだし、気にしないで、って言ってたの」

「剛さんも申し訳ないと思ってたんでしょうね」

 利恵は頷いた。

「私が教職についた年、いきなり彼が私に言ったの。俺の代わりに君の身体を慰めてくれる人がいたら、抱かれてもいいよ、って」

「えっ? 剛さんがそんなことを?」

「私もびっくりして……そんなことできるわけない、ってすぐに否定したの。でも、彼、真剣な目で続けるの。俺はかなり本気なんだ。三つの約束を守ってくれさえすれば君がそういうことをするのを拒まない、って」

「約束?」

「『俺に気づかれないこと、家庭を第一に考えること。特に遙生に悪影響を与えないこと、そして絶対に本気にならないこと』」

「まあ……どれも当然のことですね。ドライな割り切りの関係であれば構わない、ってことでしょうか」

「そうなんだけどね。でも夫が妻の浮気を公然と認めるってことでしょ? あり得ない、って思った」

「剛さんは車椅子生活の間、先生とは、その……」

 利恵は寂しそうに微笑んだ。

「性欲はある、って言ってた。でも全然硬くならなかったし射精するのも無理だった。けど、私と一緒に裸になって抱き合うことはよくやってた」

「彼はそれで満たされてたんですか?」

「どうかな……口ではありがとう、満足した、って言ってたけどね」

「先生がいろんな方法で彼の身体を慰めたりもしてたんですか?」

「試してみたけど、やっぱり下半身は無感覚だったわ。キスは好きでよく求められた」

「そうですか……」

 遼は眉尻を下げて利恵を見た。

「でも、先生は? 剛さんから……」

「彼が使えるのは口と手。だから私が感じる場所を口や手で刺激してくれてた」

「繋がることは……無理だったんですね」

 利恵は肩をすくめた。

「先月ぐらいから、やっと挿入できるようになったの」

「ほんとに? それは良かった」

 遼はまるで自分のことのように嬉しそうに笑った。

「まだ途中で萎えちゃうけどね」

 利恵は微笑みながら茶をすすった。

「でも、それ以降、性欲もますます強くなっちゃって、日に日に硬さと持続力が増してきてるの。人間の根源に直結する欲求だからね、本能的に復活を早めてるんじゃない?」

「そうですか、ほんとに良かった……」

 遼も茶をすすった。

「でも、」

 利恵は言葉を切って辛そうな目を遼に向け直した。

「以前はあの人に手や口で刺激されても、正直満足しなかった……」

 遼は目を上げた。

「キスされても、抱きしめられても、不完全燃焼。却って欲求不満になるの。時々一人で自分の身体を慰めることもやってみたけど、だめ。やっぱり繋がり合って、くっつき合って、二人で一緒に燃え上がりたかった。ずっと……」

 遼は小さく頷き、利恵のすがるような目を見つめ返した。

「剛さんもそのことはわかってたと思う。だからあんな非常識なことを言い出したのよね、きっと」

 利恵は湯飲みを持ち上げ、茶を一口飲んで一つため息をついた。

「初任教師として最初に勤める学校は三年間で転勤しなきゃいけない決まりがあってね、私は二十九になる年に二校目の学校に移ったの。そこは駅の裏手にある中規模の学校なんだけど、一年目は二年生の担任を任された」

「『重松中』ですね? まだ新設されて15年ぐらいしか経ってない中学校ですよね」

「そう。だから私が赴任した時は新設五年目。そういう学校って力のある先生が集められるから、すごく勉強になったし、いっぱいいい刺激をもらったわ」

「そうですか。ラッキーでしたね」

 利恵は小さく頷いた。

「その時の学年主任は私と同じ社会科担当の沖田という先生。私の十二歳上。当時四十一歳」

「沖田……先生ですか」

「彼はその学校ができた年から勤めていて、前の学校で研究主任をされたりして、若いのにばりばりの指導力と統率力を持った先生っていう評判だったの」

「同じ教科だったら、利恵先生もその先生からいろいろ指導を受けたりしたんでしょう?」

「そうなの。私の授業を度々見に来られて、アドバイスして下さった。自分が持ってる教材や資料も気軽に貸して下さったりして、とてもありがたかった」

「学校でもそうやって若手を育ててくれる人がいるのは大切なことですね」

「ほんと。そう思うわ」利恵は言葉を切ってうつむいた。「実は私……その先生と……」

 

 

「新しい年、二年生担当のみんなが幸せな一年になりますように、乾杯!」

 年が明けて、学年のスタッフ八人での新年会が始まった。学校の近く、駅ビルの二階にある居酒屋だった。このメンバーで四月から毎日生徒のためにがんばってきた。新年度が始まってすぐ職場体験学習、五月の体育大会、秋には文化祭、それから先月の十二月には修学旅行があった。二年生の学年を担当すると、一年がめまぐるしく過ぎていく。保護者からの期待もないがしろにはできないから、定期テストとは別に二ヶ月に一度は小さな一斉テストを行い、学力を高める努力もやってきた。登校を渋る生徒がいても、主任の沖田の的確な判断と行動力で、担任はそういう生徒の保護者ともいい関係を築くことができた。前に勤めていた学校と比べて、この新しい学校での仕事は全てが充実していて楽しかった。

「やっぱ主任が素晴らしいとうまくいきますね」

 私の横で飲んでいた若い数学教師田辺(25)が大声で言った。

「おだてても待遇は良くならんぞ」主任の沖田は笑いながらそう言うと、席を立ち、私の横にやって来た。

 彼はビールの瓶を持ち上げて、私に勧めながら言った。「篠原先生、もうひとがんばりだ。君のクラスはとても雰囲気が良くなったよ。目に見えて。担任の君がしっかり、誠実に育ててくれてるお陰だね」

「そんな……ありがとうございます。主任」

 私は恐縮してまだ三分の一ほどビールの残ったグラスを持ち上げた。

「大部分は主任のお陰です。この学校に来て初めての学年なのにとっても充実してます。教科面でも、クラスのことでも」

「君は生徒の扱いがうまくて、ほんと教師に向いてるよね。前からそう思ってた」

「そんな。私なんかまだまだです。沖田主任に比べたら」

「いやいや、僕が君ぐらいの歳であれだけの授業展開は到底できなかった。年末の研究授業は素晴らしかったよ」

 

 それはこの学校に来て初めての研究授業だった。市内の社会科教師が30人ほど集まる研究会で、私はかなりの緊張を強いられた。だが、例によって沖田が授業の進め方や資料の使い方について細かくアドバイスしてくれたお陰で、当日の授業も、その後の研究会もほぼ計画通りに進めることができて、私は大きな充実感と達成感を抱いていた。

 

「この後、」沖田は私の耳元で囁いた。「二人で飲み直さないかい? 君さえ良ければ」

 私は一瞬驚いた表情で沖田の顔を見た。彼はいつもの穏やかな微笑みを浮かべ、私の目を見つめていた。

 

 店を出て、沖田は他の二次会に流れるメンバーに、この後篠原先生と飲むことにした。教科のことで語り合いたくてな、とさらりと言って笑った。

「変な気をおこして利恵先生に手を出しちゃダメですよ、主任」

 足下をふらつかせながら先の数学教師田辺が言った。

「ばーか」

 沖田は軽蔑したようにそう言って、封筒を田辺に手渡した。「これで楽しんでくれ」

「お! お樽。 あざーす!」

 彼は大喜びでその封筒をひらひらさせながら叫んだ。「よし、みんな行こうぜ! カラオケで歌い初めじゃー!」

 

 一次会の居酒屋で、私はそれほど飲んだつもりはなかったが、沖田と二人きりになった時、私は自分の胸の辺りが熱を帯びていることに気づいた。

「何か食べたいものは? 篠原先生」

「え? いえ、もうお腹いっぱいで……」

「そう。じゃあ、コーヒーでも」

 私と沖田は繁華の外れにある喫茶店に入った。入り口の古く使い込まれたローズウッドの重いドアを開けて、沖田は私を中に促した。琥珀色の光が一つ一つのテーブルの上の丸い形のペンダントから控えめに差している。カウンター席が四つ、テーブルが三つだけの狭い店だった。香しいコーヒーの香りとジャズピアノが店内に流れていた。初老の物静かな男性が一人、奥のカウンター席にいた。

「素敵なお店ですね」

「ちょっと良い感じだろ?」

「ご常連なんですか? 沖田先生」

 沖田は頷いた。「よく一人で来るね。大切な人と話したい時もここを使う」

「大切な……人?」

 私は目を上げ、前に座った沖田の目を見つめた。

「コーヒーでいい?」

 沖田はにこにこ笑いながら言った。

 

 二人の前に置かれたカップから湯気が立ち上っている。

「利恵先生、ご主人の具合はどう? 車椅子の生活も大変でしょう?」

「はい。でも毎日リハビリを続けてます」

「その……リハビリを続けていればまた歩けるようになるの?」

「わかりません。でも彼はそう信じてます」

「うん。大事なことだね。何でも希望を捨てなければ道は開けるってもんだよ」

「ありがとうございます」

「結婚して何年?」

「今年で四年目になります」

「そう。お子さんは?」

「三歳です」

 沖田は少し考えて言った。

「こんなこと聞くのは失礼なんだけど、ご主人は車椅子なのに、よく子供ができたね」

「彼が怪我する前に授かったんです」

「そう、それは幸運だったね。ご主人のリハビリの励みにもなるね、子供がいれば」

「はい。そうですね」

 

 私の胸の熱さは収まる様子がなかった。目の前にいる男性が自分のことを心配する言葉を掛けてくれる度に、私の気持ちはどんどん妖しげな色を帯びてきていた。

 

「出ようか」

 コーヒーを飲み干した沖田が言った。

 

「すみません、出してもらっちゃって」

「何てことないよ。コーヒー代ぐらい」

 沖田は笑ってコートの襟を立てた。

 私と沖田は、あてもなく賑やかな界隈から離れた狭い通りを歩いていた。周囲の様子は次第に寂しさを増し、うつろで儚げな白い光を投げかける街灯がぽつりぽつりと立っていて、場末のもの悲しさをいっそう際立たせていた。不意に吹きすぎる冬の風が頬を撫で、私は思わず身を縮めた。

「寒い?」

 沖田が低い声で訊いた。

「は、はい。少し……」

「暖かい所に入ろうか」

 私は目を上げて沖田の顔を見た。

 彼は、私が今まで目にしたことのない真剣で熱い瞳を私に向けていた。

 

 私の身体の疼きは限界に来ていた。私の頭には夫、剛の笑顔が浮かび、自然と目に涙が滲んだ。

 もうムリ! 我慢の限界! 私は心の中で叫び、胸を押さえてぎゅっと目を閉じた。

 気づいた時には、街灯から降り注ぐ冷ややかな光の下で私と沖田はその唇を重ね合っていた。

 

 ネクタイを外し終わった沖田は、シャツの上から二つのボタンを外し、私の上着を脱がせてブラウス一枚の姿にさせると、頬を両手で包み込むようにしてそっと唇を求めてきた。私はそれに応え、少し口を開いて受け止めた。沖田の手が私の背中をさすり始めると、私も彼の背中に腕を回した。いつしか二人はその舌をもつれ合わせていた。私は長い時間、その柔らかく温かい彼の唇の感触を夢心地で味わっていた。

 沖田は先に私をバスルームに促した。

 シャワーを浴びながら、私はこの艶めかしい部屋に入るまでは感じていなかったちくちくとした胸の奥の痛みを覚えていた。身体にこびりついた夫への罪悪感を洗い流すように、私はノズルを全開にしてこの全身にシャワーの湯を浴びていた。

 

 先にベッドに横向きでうずくまっていた私のところに、シャワーを済ませローブを身にまとった沖田がゆっくりした足取りでやってきた。そして私をベッドに座らせ、帯を解いてローブを脱がせた。そして彼もやおら羽織っていたものを床に落とした。

 沖田も私もほとんど何も話さなかった。お互いに家庭を持つ私も沖田も、口を開けば言い訳になる。何か言えばごまかしになるということをよく解っていた。

 何も身につけないまま、二人はベッドの上で膝立ちになり、どちらからともなく唇を重ね合わせた。沖田の温かく大きな手が私の腕を撫で、そのまま胸の膨らみに達した。

 んっ、と呻いて、私は舌を彼の口に忍び込ませた。それは無意識の行為だった。思えば、その夜に私が沖田と肌を合わせていた時間の全ては無意識のまま過ぎていったような気がする。

 沖田は私の身体をシーツに横たえると、四つん這いになり、ゆっくりと覆い被さってきた。そしてまた二人は舌を絡め合いながら長く熱いキスをした。

 

 忘れかけていた重なり合う男の肌の温もりだった。

 

 沖田はまるで赤ん坊を扱うように私の身体を包み込むようにして抱きしめ、ずっとこの唇と舌を味わっていた。私の身体はますます熱を帯び、何度も下腹部がきゅうっと締め付けられる感覚に囚われていた。

 私は思わず両脚を広げた。ようやく口を離した沖田は私の目を見つめ、聞こえるか聞こえないかぐらいのかすかな声で訊いた。

「いい?」

 私は泣きそうな顔で頷いた。

 沖田はゆっくりと身を離し、私の足下で膝立ちになった。私は彼の身体の中心にある屹立したものを見た時、全身がかっと熱くなって思わず心の中で叫んだ。

「(ください、それを、その硬いものを私の中に! もう我慢できない!)」

 その時私は、きっとその本能のままにオトコの身体を貪欲に欲しがるメスの眼をしていたに違いない。

 沖田はその熱を持ちそそり立ったものを右手で握って、私の潤った谷間にあてがった。

「いくよ」

 それは少しずつ私の身体の中に入り始めた。

 思わず顎を上げて息を凝らし、私はその場所に神経を集中していた。

 ぞくぞくとした快感が湧き上がってきて、私の呼吸と鼓動はにわかに速くなっていった。

 それは私の中に深く埋まり込んだ。中でピクピクと細かくうごめく彼のその身体の一部は熱く、まるで赤熱した鉄の塊が身体の中心に押し込まれているようだった。それは何年もの間忘れていた、身体の中からマグマのようにぐつぐつと激しく煮え立つ感覚だった。しかし、同時に私はこの許されない人との許されない行為が呼び覚ます罪悪感と焦りにも容赦なく翻弄され始めた。

「(とうとう繋がり合ってしまった……。私は夫を裏切り、妻子ある男性と道ならぬ行為に走ってしまった)」

 また夫、剛の笑顔が瞼の裏に浮かんだ。私の閉じた両目から涙が溢れた。それは頬を伝って耳介をくすぐった。

 沖田の身体の最も熱い部分が私の中に深く埋め込まれ、二人の汗ばんだ下腹部はぴったりと密着している。沖田は小さく腰を前後に動かしながら私に覆い被さり、その両手で私の耳に流れていた涙を拭き取ると、苦しくなるほど両腕で私の身体を抱きしめ、焦ったように唇を重ね合わせてきた。

「(ごめんなさい、剛さん……)」

 私と沖田は人間同士がこれ以上近づくことのできない距離まで近づき、繋がり合ってその燃え上がる思いと高まり続ける身体の温度が収まるまで離れることが適わない状況にまで堕ちてしまった。

 

 もう何も考えることができなかった。私は身体中を駆け巡る熱風に身を任せ、その吹き飛ばされそうな快感と哀しみに彩られた甘い痛みに酔いしれていた。

 沖田の身体の動きに合わせるように、私はベッドの上で大きく身体を揺すった。

 繋がり合った部分から、二人の混ざり合った液が淫猥な水音を立てて飛び散り、したたり落ちた。

 油断すれば漏れ出てきそうな喘ぎ声を、私は口を必死で手で押さえて殺していた。いつしか沖田は私の両脇に手を突き、大きく腰を上下に動かしている。

「イ、イく……」

 沖田が呻くようにつぶやいた。その声を聞いた途端、私の身体の中で熱せられ続けていたものが一気に沸騰した。

「んんんーっ!」

 手で塞いだ口から大きなうめき声を上げ、私は思わず全身を仰け反らせた。その瞬間、沖田は歯を食いしばり、顎を上げて腰の動きを止めた。

 どくどくっ!

 敏感になった私の身体の中心に、沖田の体内で渦巻いていた熱い思いが激しく放出され始めた。

「ぐううーっ!」

 沖田の顎から汗の粒が私の胸にぽたぽたと二、三滴落ちた。彼の腰はびくんびくんと大きく脈動しながら私の中にその体液を勢いよく放ち続けている。

 目の前が真っ白になり、私は一瞬気が遠くなった。

 

 沖田ははあはあと荒い息をしながら倒れ込み、その肌を私の火照った身体に重ね合わせた。

 二人の身体はその全身が汗にまみれていた。私は沖田の背中に腕を回し、思わず抱きしめた。

 

 長い間二人はそのままじっとしていた。

 やがて息が落ち着くと、沖田はゆっくりと顔を上げて、そっと唇を重ねてきた。

 私の中で激しく暴れていたものがゆっくりと抜き去られた時、私は言うに言われぬ孤独感に襲われた。重なり合い、繋がり合っていたこの人の身体が離れた瞬間、肌は温かさを失い、私はベッドの上にたった一人で孤立し、取り残されているような感覚に囚われていた。

「沖田先生……」

 私は怯えたように震える小さな声で言った。

 ベッドの横で脱いだローブを拾い上げた沖田は振り向いて微笑んだ。

「ん?」

「ごめんなさい、もうちょっと横にいて……」

「でも、汗をかいてて気持ち悪いだろう? 先にシャワーを浴びておいでよ」

 沖田はベッドの縁に腰掛け、優しくそう言って、汗で濡れ、頬に張り付いていた私の髪を掻き上げた。

 私は身体を起こし、言った。

「じゃ、じゃあ、一緒にバスルームに……」

 沖田は切なそうな目で微笑み、小さく頷いた。

 

 バスルームでも二人はほとんど何も話さなかった。

 ただ黙ったまま、沖田はシャワーを浴びている私の背後に立ち、背中や腰をボディーソープの泡のついた手でさすってくれていた。

 沖田自身が自分の身体、特にさっきまで私の中に深く埋め込まれていたものを丁寧に洗っている時、私は抱いていた孤独感に耐えかね、くるりと振り向くと出し抜けに彼の身体を抱きしめた。

 あっ、と不意を突かれて思わず小さく叫んだ沖田は、すぐに私の背中に腕を回した。そしてシャワーの中で二人はまた貪るようなキスを交わした。

 

 焦ったように私は沖田の身体をベッドに押し倒して、その身体を自分の全身で押さえつけながら唇の自由を奪った。何度も顔を交差させて重ね直し、舌を差し込み、彼のそれにまつわりつかせた。

 私はその時、まるで理性や罪悪感のスイッチが切れてしまったように、ベッドの上の男性のカラダを求めていた。

 再び力を取り戻した彼の武器に手を掛け、私は躊躇わずそれを咥え込んだ。そしてじゅぶじゅぶといういやらしい音を立てながら喉の奥まで咥え込み、出し入れした。その度に沖田はびくんびくんと身体を仰け反らせて喘いだ。

 しばらくして今度は私が仰向けにされ、沖田はその最も大切で敏感な部分に口を這わせ始めた。舌先で硬くなった粒を何度も舐め上げられ、私はすでに上り詰めそうになっていた。

「きて! 挿れて!」

 自分でもびっくりするぐらい大声を出した私は、懇願するように両手を伸ばした。

 沖田は私の両脚を大きく抱え込み、私の唾液でてらてらと光っているその武器を、すでに潤いを取り戻していた谷間に狙いをつけて挿入させた。それは一気に身体の奥深くに達し、私は思わずああ、と甘い喘ぎ声を上げて顎を上げた。

 私と沖田は繋がり合ったまま上半身を起こして抱き合い、腰を大きく揺らしながらまた貪欲に唇を重ね合った。すでに二人の全身に汗が光っていた。

 キスをしたまま、急速に身体中の温度が上がっていき、口を離した沖田が思わずイく、と呻いた瞬間、私も一緒に上り詰めた。シーツに後ろ向きに倒れ込んだ私にのしかかって、沖田は私の身体を強く抱きしめ、二人は唇同士を思い切り押しつけ合ったまま弾けた。

 どくどくっ!

 再び私の身体の最深部に、沖田の生温かい精液がその腰の脈動に合わせて勢いよく放たれ続けた。

 んんんーっ!

 沖田は私と唇を重ね合わせたまま、同じように喉で大きくうめき声を上げた。私の身体はぶるぶると大きく痙攣し、いつまでもその震えを止めることができなかった――。

 

 私は液晶テレビの横にあったそのホテルのロゴの入ったメモ用紙に走り書きしたものを、服を着直し、壁に掛かったコートに手を掛けた沖田に無言で差し出した。

『お互いの家庭を犠牲にしない。本気にならない。決して第三者に口外しない』

 沖田はそれを受け取り一読すると、すぐに顔を上げて私の目を見ながら微笑んだ。

「わかってる。約束する」

 沖田はそのメモを二つ折りにして、上着のポケットに入れた。